東京を知った その9

全ての標準が東京なんだなと思いました。スタンダートフロムトーキョーみたいな感じで。東京に対しての感想が「哀れみ」だったのは、間違いではないと思うし、可哀相だなあと思い乍ら、これからもモノ作りをしていくような気がします。ここ、大阪に居て、凄く凄く感じる事は、デザイナーという人種というのがあって、大阪の彼らは、確実にお高く止まってるという事。これは本当に感じます。ただ、今回新たに感じた事があって、彼らは、単に、スタンダートフロムトーキョーに合わせているだけで、別にお高く止まろうとしてる訳ではないのです。東京からやってきたイベントや催しや在り方がダサく感じるのは、そういう所にあるのだと思いました。最近、とくに、その風潮が強いと思います。そうする事が次元の違う、新たな活動(俗に言うコミュニティデザイン的な)として機能しようとしています。なんだろな、日本全体を東京的な匂いにしようとする感覚です。んなの無理に決まってるじゃん。そういうのは正直言うと、やたらめんどくせーのです。アートブックフェアにしても、あれは東京でやるから面白いのであって、大阪や神戸でやったら、急に冷めちゃうんだよね。アートイベントも、どうにもこうにも、盛り上がってないですし、現象としては、西田辺にはマズイラーメン屋しか来ない法則的に近いのかもしれません。勝負をかけるのに、西田辺に出店はありえないですしね。どう考えたって、東京に出した方が、本当に勝負が出来ます。スゲーやつがいっぱいなのは間違いないだろうし、分かってくれる人もたくさん居るんだろうなあ、羨ましいなあと、指加えて眺めながらも、その眼差しは「哀れみ」であり、そうある事は、fengfeeldesignにとっては「ノー」なのです。それは、東京に居れば、自ずとその感情は強まると思うし、そのような面持ちで活動などは難しいと考えております。それは、東京でなくても、少しでもそのような匂いがしたのであれば、fengfeeldesignとしては参加という形を取らないでしょうしね。むしろ悪態で向える事になるような気さえします。大阪という距離感で濃度が丁度良いとも言えるし、その大阪でさえも、参加が出来ていないのが現状です。そもそも、fengfeeldesignはカルチャーに参加出来てないのが基盤にある訳で、その状況というのは、東京に近づけば近づく程に色濃くなるものだと思います。カルチャーそのものは東京にありながらも、其処に居る人達に、fengfeeldesignのクリエイティブが目に入る事や影響する事を根ざしながらも、違うものでありたいと強く思います。それは、大阪でも同じ事が言えるのですが、孤立ではない、近くに歩いているくらいの距離感を保ちながら、東京というものに立ち向かいたい所存です。東京と言うものが巨大で、あまりにも大きい存在だからこそ、それと対立する第三勢力くらいになんないと面白くないですしね。そして、ずっと説明してきました、fengfeeldesignが東京に関係する可能性とは、その東京カルチャーが目的ではない行動が、東京の人間に見られる事です。つまり、「なにやってんだオメー?」が東京とfengfeeldesignとの丁度良い距離なのです。同時に、その方が東京カルチャーに圧倒的に影響を与えるのだと考えています。それこそがfengfeeldesignなのだと、今回の東京行脚で、より強く明確に感じましたし、東京には主役級の人達がたくさん居るからこそ、fengfeeldesignがわざわざ其処へ行って、主役にならなくとも、最高の結果が出る。ならば、その主役級の人達に影響を与える事によって、立ち位置を、より強固にそして不動に出来るのではないかと、今は、その青写真を東京以前よりも強く思い描けるようになったように思います。

最後に。ええと、9回続きましたが、いかがでしたでしょうか(読んだ人いるのかな…)今回、この「東京を知った」を書こうと思ったのは、あまりにも、いろんなものを東京で吸収してしまい、その整理が追っ付かない心の動きと合わせて、文章を書く事で、自分自身にもそうですし、そうじゃない、読んでいただけた方に、fengfeeldesignの考え方をお伝え出来るチャンスのように思ったからです。fengfeeldesignは揺るがないデザイン技法ではあるのですが、だからこそ、それがちゃんと機能しているか、今後このままで良いのかどうか、東京へ確かめに行く必要がありました。結果としては、東京への「哀れみ」と「ノー」という拒絶で、その行脚を終えてしまいましたが、ただ、それは、東京内においての行動であって、fengfeeldesignが機能する距離がある事が判明いたしました。その距離感の会得こそが、今回の一番、大きな収穫であったと言えると思います。そして、これはあくまで、fengfeeldesign視点での話しで東京の街を見た主観であって、全てに当てはまる訳ではないのですが、東京には、東京人と言われる、東京生まれで東京育ちの人間が少ないと聞き及んでおります。今回、書いた内容というのは、そういう、別の場所から、東京に入り、その場所で活動しつつ、悩んでいる人や、謳歌している人に、なんらかの影響を与えるとともに、もしかしたら、そこに生きずく地元民の方には、んな事ない!と言われる内容になっていれば、儲け物かなと感じております。東京という実態のとある視点として、読んでいただけたら幸いなのですが、ただ、この文章は、凄く未完(ホントにもし訳ない…)だなと感じつつも、このシリーズは、ここで、一旦、筆を置きたいと思います。また、よりディープに東京関わる事が出来たなら、その時に新たな内容を、追記として書きたいです。最後まで読んでいただき有り難うございました。
2012.11.25 Sunday | 2012月11月 | 01:53 | comments(0) | trackbacks(0) |



東京を知った その8

そもそも、こういう文章を書こうと思ったのは、東京式のデザインに対する失望でもあり、なんというか期待として、東京では正しきデザインが行われているであろうという妄想と幻想が、物の見事に裏切れたのですね。東京でメインストリームで動いているものは、いい意味で、色んな人や物を巻き込んで、形を成しているのだと思っていたし、なんというかなー、なんというか、これが東京かーみたいな(田舎もんか)、そういうガッカリ感全開で大阪に帰ってきたのであります。軌道修正をするつもりはさらさらないのですが、考えていた以上に、一極集中型になってて、東京よりも外に行けばいくほど、距離の時差が多くなるほどに、ドンドンと薄くなってるだけなんだなと感じたのです。大阪の場合でいうと、東京式の事を本気でやると、本気で滑った感がヤバいし(今回の大阪マラソンなど)、なんというか、まあ、しゃあねえか、付き合ってやるか、ぐらいの感じじゃないと、痛い目に合うのです。大阪には、東京式を本気でやってる幻想持ちの人達が居て、それ自体は否定には及ばないのですけど、その維持という意味では、スゲー難しいと思うのです。東京は人の変化のスピードと街の出来事の密度のヤバさの掛け算のおかげで維持されてるようなもんだと思うんだけど、大阪の場合は、その両方が無い、もしくは、ありえなくなる程に速度が遅いですから、自分でも気付かないうちに「古く」なってるんですね。たちが悪いのは、その事に気付かずに、自分達が最先端だと思い続けている事です。それが、今の大阪のデザイン事情なのですが、それなら、いっそ、東京行って打ちのめされたらいいんですよね。それを大阪でやるから、めんどくせー事になってる訳で、それってつまり、東京から離れて薄くなった所に、ちょこっと東京な感じで大阪をしてみましたよーって話しなのです。ったく。じゃあ、fengfeeldesignはどうなんすか!?て話しなんですが、まず、東京式では無いし、多分、東京では機能しないデザインの在り方だと考えていて、ただ、これはね、デザインに対しての考え方だと思うのです。デザインは、ほら、ヨーロッパから生まれたんだけど、大陸繋がって、しかも、その大陸にそれなりに力と文化を兼ね備えた国や民族が多々あって、その中で、ごっちゃごっちゃになろうとしている美術やテクノロジーに対して、対応したのがデザインだった訳で、それを考えれば、今の日本で行われているデザインの、まあ、なんともせまっちい事よ。なんつーか、文化1つをどうしよっか?ってなってる訳でしょ?実は何も統合されていないのだよね。つまり、デザインというものが機能していないか、もしくは、デザインが成されていないかのどちらかであると言えると思うのです。なんだろーなあ、問い詰めてったら、日本における文化とは、技術とは何かって話しになるんだろうけど、感覚として、メインストリームとされているものが1つしかない日本において、やっぱ東京なんだろーなあ、と感じたのと、無理して、大阪でメインストリームなるものを新たに作ろうとも思わない訳です。何故なら距離的に背を向けないと出来ないからです。それは同時にデザインをしないという事になる、それだけは避けたいのですね。でも、考えれば、戦国時代から江戸時代にかけても、日本には国がいっぱいあった訳で、戦争したり従わせたり、よくもまあ、こんな狭いとこでやってたなあという話しは、話しがボンヤリしちゃうので置いといて、とどのつまり、今の日本には、1つしかメインストリーム(もしくはカルチャー)しかない中で、fengfeeldesignは、大阪という場所で、東京という所に向けたデザインをやってるんだよね。それが、今回の東京行脚ではっきりしたのです。そうする事が、より、デザインだなと思いました。もちろん、地元向けのデザインもしていくけれど、明らかに、東京向けのデザインとは旗色が違う訳で、このWEBにしたって、大阪でやってる仕事なんて一切お見せしていないのです。その上で、東京では出来ない事をやる事で、より東京に民族間の多様性に繋がるような形で、デザインという摩擦を起こせる可能性は、充分にあるような気がしました。そろそろ、まとめに入ります。
2012.11.20 Tuesday | 2012月11月 | 21:08 | comments(0) | trackbacks(0) |



東京を知った その7

勝負をかけるだけの意味のある場所な気がします。分かる人が多いからこそ、質の高いコンテンツが成立する訳で、東京的な事をやった時の大阪でのダサさの象徴のようなものに近いように思います。大阪は東京を主体とした人達と、自分達が中心の人達、の2つに別れていて、後者がやはり圧倒的に多く、街で見かける浮き足立ったイベントの大体が前者の場合が多いように思います。fengfeeldesignは、その浮き足立つ感じを無くしたい一心で、今までの活動を行ってきました。つまり、結果的に東京という場所、人への対抗になっていたのです。その事に、実際に東京へ足を運ぶまで気付く事が出来ていませんでした。何か1つの流れの中で、自分達のコンテンツを走らせる事に夢中になっているように思いましたが、これは、なんというか、ジレンマのようにも感じました。東京でしっかり、腰を据えて作れるかどうかについて、かなり大きな疑問です。ていうか、そういうクリエイティブをした瞬間に、一瞬にして古くなっちゃうというか、一旦、古くなってしまうと、立ち戻れるかどうかについては、大きな疑問だけが残るのです。出てしまえるだけに、見て貰えるだけに、腰を据えるという意味の難しさだけが、印象として強くもあります。人の多さ、質の高さが逆に、その場所でクリエイティブする事の意味を考えさせられる結果にもなるし、出すか出さないかの葛藤の意味も少し分かるような気がしました。お金があれば、いけいけドンドンなのでしょうが、少なくなった今では、知恵やアイデンティティの共有こそが、活動の本質に取って変わったのだと思います。回転率が恐ろしく高い。そして質も高い。人も凄い。そんな場所で、主役にはならないfengfeeldesignは意味を成さないように感じましたし、同時に、どのようにすれば、東京に影響を与える存在になるのかを考えるきっかけにもなりました。それは、元々の在り方ではあるのですが、より、強固に、強く、グーでパンチ出来るようなやり方について、東京では無い場所で、東京という場所を使って、遊べる方法論の思考は、早急に行った方が、良いと感じました。ただ、それが一極集中型にしようという話しではなくて、東京の外で、腰を据えた、コアで濃い質の高いコンテンツを作り、そのコンテンツを東京に投げる事で、その機能は、より活かされるように感じたのです。東京の中で考えるとfengfeeldesignの機能は難しいし、fengfeeldesign的に見れば、否定的な言葉が並んでしまうのですが、外に居たとして、そこに関わる事は可能だし、むしろ、外に居た方が質の高いコンテンツを作れると感じています(fengfeeldesign的な方法ではという意味で)。
2012.11.14 Wednesday | 2012月11月 | 19:37 | comments(0) | trackbacks(0) |



東京を知った その6

大阪にあって、東京に無いもの。むしろ、東京にはありすぎるくらいあるのだけどね。でも、無いものがありました。東京は、全てが充実していて、恐らく、抜け目が無い程に、目が行き届いている事だと思います。人が、モノが、コンテンツが、場所が、こんなにも充実しているのに、何かが、無い。東京5日間の行脚は、それを探す旅であったように思います。むしろ、自然とそうなりました。大阪は、歩くのを始めて、15年程になります。趣味が散歩だし、遠方に出掛けても(と言っても関西圏ですが)、歩く事を主体に移動します。その街を知り、人の動きや振る舞いを見る事は、かなり刺激的だからです。1つ、東京に行って、説きたい疑問がありました。何故ゆえ、あんなに東京という所は、全てにおいて希薄なのかという点です(遠くに居ても分かるほどに。それは、もう、散々書いてきましたから、お分かりかと思いますが、足を運ぶ前から、大体分かっていました。でも、その根本については、あまり深く考える事はありませんでした。行けば分かるだろうと思ったからです。宿が、入谷という郊外にありつつ、近くの人も呑みにくるバーも併設していて、初日から既に現地の人と接する機会があったのですが、其処に1人90歳のおばあちゃんが居て、それもかなりのチャキチャキというやつで、この方と喋る事が出来たのが唯一の救いであったように感じています。その方は生まれも、育ちも東京。しかもずっと同じ場所に住んでて、という方で、凄くアクティブで素敵な方でした。これだけちょいと書かせて欲しいんですが、その時にした質問があります。「東京の方の民族性ってなんですか?」です。この問いに対して、まさかの面白い答えが返ってきました。「無いわね。」。続けて「だってもう、私達の歳でも純粋な東京の人って少ないもの。私のおじいさんの時代くらいならあったかもね。」。これです。知りたかった答えはこれなんです。初日で既に見つかるんかいなと、ですから、次の日から、それを確認する作業でした。1人の1方向の意見な訳ですし、古い街や中心から離れた街も含めて、果たして本当にそうなのかと、ずっとウロウロとしておりましたが、これがまた、見つからんのです。まさしくそれが、先ほどからずっと表現をしている「隙間」なんですが、街と人がセットで古くなると、かならず生じる事象のはずなんですが、それが無かったんですね。そういう所から、自然と民族性は滲み出て来るものなんですが、無かった。fengfeeldesignは、怨念や呪い(まじない)を基礎としてデザインをするので、無いと成立が難しいのです。
2012.11.10 Saturday | 2012月11月 | 07:32 | comments(0) | trackbacks(0) |



東京を知った その5

東京で育まれるべくクリエイティブとは、よく人と話し、ある程度の混沌の中から、ひっそりと生まれると考えていましたから、今回の気付きというのは、少し違う世界に自分というものを引き込むには充分のように思いました。単純に、大阪の密度が上がったバージョンが東京で、その土地の広さに違いがなく、大阪は其処に隙間が生じていて、東京は生じていないのです。東京と大阪の街の違いは、人の溜まりです。東京は、あまり集団で歩いている風景を見ないように思いました。学生もそうです。大体、大阪は溜まって歩いています。そういえば自転車の二人乗りも居ませんでした。人ごみに自転車は走って居なかったし、所謂、大阪でよく見る、変なオッサンは見なかったと思います。立ち止まっている人達が少なく、独り言を言って歩いている人が多いように感じました。あと、子供の頭が良いと思います。大阪はアホな子が多い。東京の子は、本気でしっかりしていました(これはミワくんも同じ見解)。なんというか、東京の人達は、謳歌しているように見えました。自分達のメディア性をしっかりと踏まえて、主役として其処に居るように見えました。ヤッカミのように聞こえるかもですが、地方でやってる、町興しなどを見ていると、それが手に取るように分かるのです。果たして、彼らは助けが必要なのでしょうか。地方は、何処かを規準にし、その豊かさを手に入れる為に町興しを行っています。確実にその規準は東京にある訳です。fengfeeldesignは、東京には在ってはならん、もしくは、価値の無いデザイン技法だと思います。何故ならfengfeeldesignは、謳歌では無いからです。主役では無いからです。なんというか、東京は皆が頑張ってる状態というか、真面目にやってる感じがしました。前を向いて、しっかりやってる感じ。良くしよう、良くなろう。そのやる気定数みたいなのが、東京は段違いに高いのです。人間として出来る人が多いと言ってもいいかもしれません。しっかりとした人格者の溜まり場みたいな。志の高い人がきっと多いのだと思います。能力が高い人も大変多い事でしょう。しかも街がキチンと「機能」していたのだよね。でも、何かが無いように思いました。その無さが、fengfeeldesignが「ノー」である、決定的な理由になります。
2012.11.10 Saturday | 2012月11月 | 00:13 | comments(0) | trackbacks(0) |



東京を知った その4

やはり、デザインは日本の首都、「東京」なのです。何が何処で、どうしようが、東京がデザインであり、その確定を揺るがす術はありません。ただ、離れているだけであり、隔たりなどはなく、距離という濃度の薄さだけが露呈をするのが現実なのです。fengfeeldesignは、その対応策として練られたデザイン技法です。大阪に居て、東京という場所に影響を与える事に出来る圧倒的な方法論を考えた結果がfengfeeldesignだったのです。実際に東京に出向き、おおよそ、その予想は的中しており、fengfeeldesignという在り方の一定の成功を見る事が出来ました。その点は間違っていませんでした。1つ、fengfeeldesignという在り方が東京という場所にとって、どうであったかを考えた場合に、少しの歪みが生じたのです。東京行きの新幹線の中で、自分がどのように感じ、どのような答えでそれを考える事が出来るのか、胸を膨らませた、あの期待感は今でも覚えています。単純に、東京への憧れもありましたし、自分の知るデザインの全ては東京によるものでしたから、その正体がやっと掴めるのだと、テンションは絶好調でした。初めは、探る事を精一杯に行いました。人々の動作や仕草、成り立ち、街の形、全ての行い。感覚を最大限に高めて挑みました。段々と分かってくる中で、愕然としていく自分を感じるようになります。果たして、此処でクリエイティブやデザインが成立がするのでしょうか。fengfeeldesignとして心配した事の1つに、人々の繋がりの薄さを感じたのです。なんというか内輪感というか。全てが開放に向っていて、確実に外を向いている感覚をずっと味わったような気がしました。1日10時間くらい、朝から、1つの駅を定め一定の周辺を徒歩にて調査を行ったのですが、街と街の間に隙間が無かったのです。全ての場所が管理下に置かれて、発展し尽くされている感じです。郊外や、下町と言われている場所にも出向きましたが、泥臭さが感じられないのです。人の匂いがしないというか、綺麗でした。ホントに綺麗。淡い期待として、都市部であっても、そういう、隙間みたいなのがあって、fengfeeldesignとしては、そういう所に入り込むのが得意なのですが、ここまで、ちゃんと隙間なく無駄もなく機能しつくされていると、余地が無いのです。場所の定着無くしては、人の育みは難しいし、育みがない中でのクリエイティブやデザインというのは、概念や方法論に寄ってしまい、一定の方向性を持ってしまう事にもなります。この時、fengfeeldesignは東京というものに1つの勘違いをしている事に気付きます。幻想から解き放たれたともいいます。なんとういか、圧倒的な場の、人の、育みがあるからこそ、彼のような素晴らしい、彼のような素敵な、クリエイティブや、デザインが生まれているのだと考えていたのです。どうやら違ったようなのです。概念や、機能や、仕組み、の高まりにこそ、東京がありました。だってそりゃ、優秀な人なんて、東京ですから次から次へと現れる訳だから、育む必要がないのです。場所なんて、お金があるからすぐに作れてしまうのです。
2012.11.05 Monday | 2012月11月 | 00:57 | comments(0) | trackbacks(0) |



東京を知った その3

東京で作るという行動を興す事は大変だと思います。だから、変えよう、何かしようって話しじゃなくて。そんなに大それた事を東京に確認しにいった訳ではありません。fengfeeldesignが、其処にあって、fengfeeldesignとして居る事が出来るかという事を考えにいったのです。fengfeeldesignが斯様に面白くなったとしても、それが本来あるべき姿かどうかというものが定まらなければ意味がありません。世界そのものになるつもりは無いのです。世界に対して反応するものであるのが、fengfeeldesignな訳で、東京という場所で、人と接する事がfengfeeldesignにとってどうであるかと調査したのです。あくまで、fengfeeldesignの視点として、東京に関わる事が、その場所にとって有益で面白いものになるかどうかを真剣に見定めに参ったのです。ホントに申し訳ないのだが、答えは「ノー」でした。そうなんだよね、結論は「ノー」だったのです。思いも寄らない答えだったものだから、数日間、このfengfeeldesign視点での文章を書くかホント戸惑いました。でも、これは、あくまで、人と会って居ない時間、東京という場所を粘っこく歩いた感じた感想なのをまずお伝えします。少なくとも、場所としての東京にfengfeeldesignは必要じゃないと思います。東京という場所の必要感に合わせるなら、それも可能かもしれないが、残念乍ら、fengfeeldesignは、それを否定しているがゆえ、「ノー」だったのです。多分、これから、何故、「ノー」であったかを書いていく事になるんですが、今一度お断りしておくと、これは、あくまで、fengfeeldesignの視点である事と、東京5日間にお会いした誰にも該当する事では無い事をお伝えしておきます。この「東京を知った」は10回くらい続くと思いますが、その全てが、東京に住む人達では気付けないであろう、大阪の隅の偏屈な自称デザイナーが見た東京観であり、かなり偏っている事は、お分かりでありましょうが、これもお伝えしておきます。長めの前振りでしたが、誰が読むんだこんなものwと感じつつ、筆を進めたいと思います。
2012.11.04 Sunday | 2012月11月 | 00:40 | comments(0) | trackbacks(0) |



東京を知った その2

居場所を探しているんだと思います。なんかこう、自分の中でさっぱりしたものがあって、そういう場所を探しているような気がしました。場所というのは、何かをしにいく場所であって、定着の無いもの。ひどく広い地元に住んでいる感じ。街に出れば、何かしていて、キチンと休日を過ごしている感覚になる。所有感の無さ、果たして、ちゃんと人と会えてるんだろうかな。ゆっくり喋って、飽きるまで居て、そういう時間を過ごせてるのかな。東京に居て、鈍くなる感覚が1つあって、味わってはいけない快感のような、一度味わってしまうと、物足りなくなって、ドンドンと追い求めてしまうような、規模や物量によって、確実に鈍くなっていく自分に、かなり疲れてしまったように思いました。何もしていない人が居ない。暇そうな人が居ない。自分も何かしなければならんという、謎の追い立てようなものばかりが、この5日間の彷徨いの中で一向に駆け巡っていました。あえて、人々は、ゆっくり出来る場所を作ろうとしているようにも思います。最近のアートの流れは、此処から来たのだなと実感出来たし、それは逆に、こんな所でクリエイティブが成立するのか、という疑問と「哀れみ」を感じたのです。こんなに流動的な場所で、しっかりと定着した技術やモノ作りが実現可能なのでしょうか。多分、スゲー早さで、いろんなものが生まれてくるだろうし、捨てられていくと思うのだけど、技術は果たして、それに着いていってるのでしょうか。体が引き裂かれそうな想いになります。幻想が、現実となって、押し寄せてきたのもあるし、あまりにも「在り」すぎて、息つく暇が無かったのです。僕は作るという動作は「暇」によるものであると考えていて、その暇の練度こそが、作るものへの執着心に変わると信じています。何もない事、空虚のあらまし。呪い。東京にはそれが無かったと思います。
2012.11.03 Saturday | 2012月11月 | 23:50 | comments(0) | trackbacks(0) |



東京を知った その1

知ったと言うには、烏滸がましいし、住んでる人からすれば、知った内に入らないのだと思うのだけど、幻想というか、彼処で何かが起こっていて、それが僕達に影響をしていて、其処からは逃れられない何か、というか、魔力みたいなものがありました。今回、東京行脚と称して出向いた目的の1つでもあるのだけど、それらを確認する事だったのですね。それと、迷っていたのです。このまま大阪で活動を続けていて大丈夫なのか?東京の方が前に進めるのではないか?その答えを確かめる為に、今回の行脚がありました。なんとしても答えを出す必要がありました。ここ、大阪に居るとやるせなく、動けなくなっていたのです。心が定まらない時間が続いていました。でも、それは幻想な訳で、その幻想のまま、東京という話しではイカンと感じたのです。地に足を付け、踏ん張って、根を下ろし、そうしないと、其処で必死に頑張っている方達に迷惑になってしまいます。その答えを、その現実を知る為に、fengfeeldesignとしての東京、5日間だったと思います。正体を見極めたかったのです。fengfeeldesignとして、東京を5日間ではありましたが、1つの解答として「哀れみ」という言葉を付ける事にしました。5日間、東京を自分なりに最大限に味わった感想が「哀れみ」でした。この場所で、一体何をしようと言うのか、僕は怖かった。こんな場所で人が住み、活動を行い、それが満遍なく行き渡っているのです。怖くて、怖くて、3日目には正直な所、逃げ出したくなりました。こんなにモノに、人に満たされているのに、街に覇気が無いのです。全てが流動的で止まっていない。街行く人達は自信に溢れているのにも関わらず疲れているように感じました。希望に満ちあふれていて、常に人が居て、しかも、その人達があまりにも有能で、居てもたってもいられない、その連続。人の意志や意気が入り乱れていて、謎の加速を与えられてしまうというか、決断をしなくてはいけなくなる感覚。全ての人達が用事を持っていて、やる事があって、何も無い、何もしていない、事が、きっと、存在の無しや、死に直結しているんだと思います。
2012.11.03 Saturday | 2012月11月 | 23:07 | comments(0) | trackbacks(0) |



デザインがヘタクソな竹田くんと喋りました

なんとも若いグラフィックデザイナーの竹田くんにいろいろと話しを聞いてみましたよー。竹田くんは、大阪の聞いた事のあるデザイン事務所で首切られないようにw奮闘中でして、なんともこれからの人です。最初は、ただ、デザインがヘタクソだなー、という印象だったんだけど、実際に会って、一晩中、酒を呑み乍ら喋った時に、なんかこう不思議な伸びしろみたいなのを感じたのです。その伸びしろってやつの正体を今回は知りたいなと思って、質問を投げてみたんだけど、これがまた、気負いがないw解答が返ってきて、これはこれで、この世代のデザインに対する姿勢みたいなもんなんだなと理解に至ろうとしています。20代の時に大人から、もっとやれよ、って言われまくってたのを思い出した気がします。世代間の違いみたいなもんなんだろな、彼らで感じているものがちゃんとあって、行動に移している視点があるのは、自分を見れば凄く分かる部分もあって、そういう気持ちで、話しをしたし、今回のインタビューに臨みました。
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•なんでグラフィックデザインをしようと思ったの?

竹田くん「大学と専門学校のダブルスクールをしていたのですが、 きっかけは2008年に京都で開催していたアーツ&クラフツ展へ行ったことだと思います。 当時は就職など将来についてぼやっと不安がある程度の普通の大学生でした。 でも、その展覧会で観たコロマン・モーザーの第13回ウィーン分離派展のポスターがすごくカッコ良くて。 家に帰って調べてみると、表面上のカッコ良さじゃなくて(もちろんクオリティも大事ですが) 構成要素のひとつひとつに意味があって成立していることがわかりました。 それ以降、グラフィックデザインを意識するようになって、 美術系の大学でも何でもなかったんですが、専門学校に行くことを決めて現在に至っています。 グラフィックデザインをやろうと決めた時にはいろいろ不安要素(収入、将来性等)もありましたが、 何をするにしてもリスクはあるし自分次第だと思ったので、あまり気にしませんでした。」

阪口「ふーん、なるほどねい。あのポスターって、というより、あの頃のグラフィックデザインって、美術(つまりファインアート)が根底にあるのが強みだよね。個人的な印象として、絵を描けるという終着点まで逝ってるからこそ、建築やプロダクトの設計という懐にも飛び込めるというか、そういうの総合芸術って言うらしいけど、なんかデザインの素みたいなのが感じがするもんね。第13回ウィーン分離派展があったのが1902年だから、この20年前後って、経済も美術も人も、成熟していた感があって、デザインという構成要素が高まったポスターでもあるよね。」

•目標にしてる憧れてるグラフィックデザイナーとか居る?

竹田くん「好きなデザイン、尊敬しているデザイナーさんはたくさんいますが、 具体的にあの人のようになりたい、こうなりたい、っていうのはありません。 時代とか環境とかにもよると思いますし、正解とかもないと思うので… ただビジネスのことばかりを考えたり、職業として割り切るようなことはしたくないです。 それならデザインよりもっと効率的な稼ぎ方はいくらでもあると思いますし。」

阪口「おお、神様不在ってやつね。それいいね。僕の世代だと、神様みたいな人が居たからなあ。そういう巨匠的な含みの中でデザインをしていたのが確実に今の30代や40代って印象。そういえば、今の20代の人達って、そういう気負いみたいなのって無いもんね。凄くリアルタイムで生きてる感があるもんなあ。自分がデザイナーとして、どうあるべきか、まさに考えなきゃいかんタイミングだと思うし、なんかまさに、今のグラフィックデザインを生きているような気がします。」


•今の印刷加工そのものが注目されてる流れをどう感じてる?

竹田くん「まだデザイナーとして2年目で勉強不足なので何とも言えないのですが、 流行廃りではなくて本当に大切な部分にしっかりスポットが当たって来たのかなぁと感じています。 それはいろんな方の危機感であったり、想い、であったりに支えられているのだとも思います。 なんにせよ正しい知識、技術を公開して教えていただける今の状況は、 僕にとっては絶対に良いことで、これから自分の中にしっかり取り込んでいきたいです。」

阪口「そうだよねえ。一時に比べたら、断然に公開してくれるようになったと思います。最初の人が入り易くなったというか、技術への取っ掛かりを掴め易くなったような印象があります。同時にそれは、業界が糞詰まりのせいで、今の公開レベルではヤベーから、ちょいレベル上げてやっているという事でもあるんだよね。逆を言えば、その分野を知る人が少なくなっているから、メディア的にニュースになって稼げる雰囲気を醸し出してるからでもあって。今の状態が健全な状態とは決しては言えないけれど、印刷のコンテンツが持ってる技術のパワーそのものが、別に落ちた訳じゃない事を証明している訳だし、ここは前向きに考えて、ドンドン吸収していって欲しい。」


•grafやG-graphicsの最近の活発な動きについてどう思いますか?

竹田くん「活動というのは何かを主催されたりということでしょうか? DESIGNEASTは僕には合わなかったみたいで、すぐに逃げ出してしまいました。(近所のサウナに駆け込みました…) G-graphicsさんについては制作物は知っているのですが、 あまりどういった活動されているか知りません。(勉強不足ですみません…)」

阪口「あったねサウナwなんか、逃げ出すって表現は正しいと思います。あんなとこ逃げ出したくなるよねー(あくまで個人的な意味で。あれをなー、デザインって言われてもなー。あ、でも、grafとかG-graphicsて、なんだかんだ目立ってるってだけで、なんの印象も無いのかもねー。studio Lとか、あんまし良い事聞かないしなあ。印刷に関係無い事ではあるんだけど、結果論として関係してくるような気がしていて、竹田くんはどう思ってるのか、聞いてみたくなりました。」


•これからの展望とかある?作ってみたいものとか。

竹田くん「少しでも早く一人前になること、そのために今は動き続けています。 その先のことはまったくわかりません。 プリパブでは今まで自分が触れたことがない技術で、 娯楽の道具をつくってみたいです。楽しいことが一番好きなので。 まだまだデザイン、ヘタクソなんでがんばります。」

阪口「1つ、アドバイスだけど、というか、余計なお節介かもですが、早く一人前になることを目標にするクセってのは、大阪のクリエイティブ事情の悪い所ではあるような気がします。半人前を否定する行為だもんね。オイラなんてずっと一人前になれた事なんて無いけどね…。デザインがヘタクソな竹田くんとプリパブは何かやってみたいです。下手なりにまずは「形」にする事をしよう。そしたらその先が見えるからさ。まず作ろう。楽しみにしていますぜ。」

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でもなんだかんだ、25歳でデザインウマかったら、それ天才だろ!てな話しで、年齢から言って、ヘタクソで当然なんだよね。それでいいというか、ヘタクソと言って貰えてる内は、その人の方がウマいって事でもあって、そんな人が近くに居る事は凄く羨ましいなあと感じます。
2012.11.02 Friday | 2012月11月 | 15:54 | comments(0) | trackbacks(0) |