インクを使った紙加工について(すなわち印刷について) その20

技の底辺は同じ。その行動欲において、それがデザインでもファインアートでも、実働の部分の技術は同じはずです。ただ、デザインは夢を見たのだと思います。そこが、他の作る事と圧倒的に違う所です。果たして印刷はずっと隣り合わせでしたでしょうか。デザインととも歩み続けたでしょうか。恐らく、単体であった時代がかならずあったはずです。つまり、グラフィックデザイン以前の印刷というのはデザインにあらず、それは印刷物としての認識をした方が妥当のように思います。デザインと印刷の夢の競演がグラフィックデザインであって、ほんとにそれは奇跡のようなもので、かけがえの無いもの。どちらが欠けても成立しないし、どちらかが勢いを奮った所でバランスを崩すだけだしね。それぐらい、グラフィックデザインという状態は凄い事なのです。今は果たして、胸を張って、当時に華やいだグラフィックデザインに対して、今、グラフィックデザインやってんぜ!って言えるでしょうか。ボク達はデザインにどのような夢を描いて印刷に向き合っているのでしょうか。まずは、版が整っている事。それはPCでも手作業でも同じの話しで、その工程の話しは散々書いて参りました。版を作り、それが刷られる現象において、版を作るという動作は印刷への最適化の動作であって、デザインではないという話し。それまでに至る道程でさえも、純粋の部分を付けば、技術的な側面において差異がある訳ではなく、その高まりは基本として、デザインというウェイトの掛け方にポイントがあるという話しでした。デザインの役目は夢を語る事です。その夢に引率されるようにして印刷が伸び上がり、印刷の技術が高まる事で、デザインの夢が広がって行きます。そのような切磋琢磨の関係が一番良いし、だからこその背中合わせなんだと感じています。印刷の技術的な事は全て分かっている訳ではないけれど、それが過去であればあるほどにデザインは夢が見やすいんですよね。技術が確立されていればいるほどに夢が途方も無く広がって行く。ノスタルジーなんて夢はその恩恵だし、まあ、ノスタルジーというのは過去そのものを夢として成立させてる所にあるからこそ、デザインとは分類されているんだろうけど、根本は実は同じような気がしています。見ている視点が変動かそうでないかで、前向きの固定が作法っていう在り方であって、デザインはだから、凄く不確定な所にあるんですね、それはまるで雲を掴むような話しを、技術的な検証の元で行うっていう。印刷が過去になればなるほど、デザインの役目によるものが大きい。まだもし、印刷という技術に可能性があるなら、デザインの役目なんてないんだよね。そこを一番分かって欲しいです。黒一色で美しくするっていう、そしてそれを実現する夢を持つ事。だからこそ、fengfeeldesignの夢は一旦ここで幕を閉じたいと思います。グラフィックデザインをやめるって訳じゃないけれど、もちろん印刷にも携わって行くつもりですし、ただ、いつまでも夢ばかりも見てられないですしね。少し違う側面から、グラフィックデザインというものを見てみたいと思ったてのもあります。なんというか途中で止めたというよりかは、最後までやった感が強いです。夢の到達点に立ったと言いましょうか。花形装飾活字から始まった長い長い旅路でしたが、ようやくデザインと印刷において何を継承し伝えていくのかが分かりましたし、印刷というものが一体どういうものだったのかを判明も出来たような気がします。もし、まだ、続きを見れるチャンスがあれば、その時は、見て行きたいと思うし、また声を掛けてやってください。最後に、表題の結論を書いて筆を置きたいと思います。今のデザインは夢を見る事を放棄しています。誰か、日本で、グラフィックデザインしてる人って居ますでしょうか。もう、この流れは変えられないのでしょうか。印刷が成されています。でもデザインの部分がスッカラカンなんです。何度も書く。技術の部分は同じなんです。それがデザインなんて絶対に言わせないです。しかも、そのような暴力で、印刷の領域を汚すべきじゃないです。まずテメーがデザインしなければ、単なる印刷物だし、つまらんもんしか出来ないって話しです。印刷に見る夢。さすれば、自ずとそれが良質なグラフィックデザインになっていくと思います。どうすれば、夢をみれる程のデザインが出来るのか。それがしかも、どうすれば印刷にふさわしくなるのか、それを考える事が印刷に対しての姿勢であって欲しいし、美しい印刷への第一歩ではないでしょうか。
2012.03.23 Friday | 2012月3月 | 13:26 | comments(0) | trackbacks(0) |



インクを使った紙加工について(すなわち印刷について) その19

そして、行っているのが「印刷物バラマキ大作戦」です。これについては追々書いていくとして、その第一弾として行ったのが「パターン装飾@夏バージョンのポストカード」です。やっと書きたい所にやってこれた。これは、精光堂文房具店(実家)さんとこのシステム(ボクが組み直したんだけど。。)を使って、印刷を行う限界値がどれくらいなのかを計るものでした。もしくは、オフセットにおいて、しかも単色でどのくらいまでなら可能かというものを試す、良い機会だったように思います。結果的には5色を使用し刷った訳ですが、それでも、めちゃんこ贅沢仕様な気がします。基準というか、5色刷ったらこうなったを試した訳です。この元のデータていうのは、アウトライン化したデータなんで、色は自由自在、1色でも可能です。そりゃもう網掛けしてしまえば、プロセスカラーで刷れますから安いもんです。言いたい事って分かりますでしょうか。どの技術も、どの方法を取ったとしても、デザインは変わらないという話しなんです。だとすれば、それにふさわしい一番の技術と方法を模索した方が良いとは思いませんか?技術は全てフラットです。これに時間と歴史を組み合わせる事によって差異が生まれてくる。それが大切なのだと思います。ボクが夢見たもの。デザイナーとして、印刷をデザインをする上で夢見たもの。それはミュシャの時のような、あの美しいリトグラフの再来でした。別に今からリトグラフを再現しましょうという話しではありません。そんな事は重要ではないのです。調べて行くと分かるのですが、オフセットって技術の経緯を経た1つの形に過ぎない訳です。やってる事は結局リトグラフと一緒で平版って言われてるのがそうであるように、それをより効率的に考え出したのが輪転式だし。やってる事は一緒だった。そりゃそうで、結局、インキを紙の上で定着させていく、その技術的な時間や歴史の差異が生み出した変化に過ぎないのです。もう、なんか、それに気付いた時にきたー!と思いました(高校生の時)。その時の思い付きがきっかけで今の思考に辿り着いたのだけど、どうすかね!?わかります!?デザインと印刷は分けれるんです。しかも、結構ハッキリと!ボク自身、デジタル世代のグラフィックデザインしか身を以て知らないし、知っている事は、高校の時に学んだ事でしかない訳で、でもね、よく考えたら、当時ってPCもイラレもなかったのに、美しい組版も、美しい図案も、印刷で実現しているんですよ!なんか今、ダメだ…と思いました。誰か、ホントに素晴らしい印刷を実現している人って居ますでしょうか。心の底から、言葉にならないほどに、素敵な印刷を実現してる人が居ますでしょうか。ボクは、自分も含めて、現代において見た事がありません。なんかバラバラなんだよ!それがなんでわからんのだ!!終わってる、今の状態って、こんなに制作する上で楽になってるのに、誰もそれに着手していないし、しようともしていない。大丈夫かな!このままで!もう、なんか腹立つんだよ!デザインに携わる諸君よ!プンプン!!それを志したのに何故しないの?なんで?訳わからん。ホント、取り乱すぐらいそういう感じです。やってみろよ!魂魅せろよ! つづく。
2012.03.22 Thursday | 2012月3月 | 19:05 | comments(0) | trackbacks(0) |



インクを使った紙加工について(すなわち印刷について) その18

やっと、パターン装飾( http://www.fengfeeldesign.org/print_and_pattern/ )の話しに辿り着きました。結局、あれで何をしたかったのか、単に綺麗だから作ったのもあるんだけど、それだけの訳ねーじゃん、という事で、ここらへんのところ書いていきたいと思います。印刷の技術。が良ければ、それは優秀な印刷と言えるのでしょうか。もちろん、キチンとした技術の中でそれは行われた方が良いのですが、ただそれだけで、印刷というのは成り立つのでしょうか。という証明を今回のパターン装飾を通して行う事にしたのです。印刷に何がお金がかかるかっていったら、印刷と、それに伴う加工です。実質、デザインなんぞにお金がかかるのはデザイナーが主張してるからであって、経費的には果てしなくゼロに近い。紙も有り難い事に、小ロットならコストとしては印刷の場合に比べたら非常に少ない。それは物質な訳だから刷る量が増えれば、自ずと金額が増えるのだけど、印刷に掛ける贅沢に比べたらコストという変動では自由が効きます。例えば、この印刷をオフセットの単色、しかも黒だけでとなった場合に、その時にこそデザインの役目だと言えるのです。どうせなら安い方がいい。それを使う側も、その方が安心して行動に移す事が出来る。それを、このパターン装飾で実現したかったのです。まず。デザインが一定であるのなら、デザイナーは不要です。小気味の良いルールさえ用意しておけばオッケーで、そこでこそデザインの発揮のしどころなんですね。そこからは印刷の領域。今、ウマくいってないのは、ここでデザイナーにもお金が1つずつの案件で発生しているという所です。ここちょい書くと、理由は単純で、デザイナーの数が増えたからです。増えた割に質が向上していない。有能な人は一握りのはずなんだけど、その有能な人達の成りをして、無能な人が同じようにしてお金を接種している、そういう現場を目の当たりにして、しかもそれが、職業として成立しちゃってるっていうwええ!?これがデザイナー??みたいな愕然としたものを感じたのを覚えています。単にボクが底辺を見て来ただけなのかもしんないが、下がこれなら、上は、どうせ、その拡張版なんでしょう。実際に、日本では広告屋がグラフィックデザイナーの成りをしているし、製品やプロジェクトに関して言えば、広報の役目しか担っていないように思います。なんかでも、20代前半の時にバリバリにそっちに逝けるチャンスも幾度とあったのだけど、食わず嫌いというか、その時にやってた、同じストリームのちょっと良くなったバージョンなら、やらん方がええわ!ってなって断り倒してやったんですね。そういう経緯があって今スンゲー貧乏で、訳のわからないこんな事をやっておる訳ですが、なのは置いてといて、ともかく、あまりにも切り捨てなデザインが、なんと多い事か、その効力の短さというか、まず、作る期間の短さ所以なのか、数を作らないといけないこの現状への疑問というか、それがデザインかよ!っていう、訴えかけでもあるんですね。今、ボクがやってるようなグラフィックデザインは成立が難しいのは分かってるんだけど、やっちゃおうてな具合でやってる訳です。なんというか、それが広告の一部でやっちゃうからダメな訳で、純粋にグラフィックデザインを必要とするシーンを作る事が、今後の印刷や紙への可能性になると見ているんです。とまあ、そういう話しも本筋からズレるので置いとくとして、そうそう、夢見るデザインと、現実主義の印刷の話しです。グラフィックデザインはどのような夢を見ればいいのでしょうか。絵柄的な事?絵のテイスト?作風?ボクは違うと思っています。印刷への計画にしろ、それは印刷の領域だしなてなもんなのです。じゃあ、何を夢なのかなのですが、せっかく、それがグラフィックデザインであるからこその状態というか。それが単に絵や装飾なら、それに長けた人間というのは、グラフィックデザインの領域じゃない人達の方が、そりゃもうえげつない夢を見ているし、技的にもどう考えたって、適うはずがないのですね。そこで、ちょいデザインの基本に戻って欲しいのです。前回に、バウハウスに行った日本人の言葉で、「茶の世界に近い」というのがあるって書きましたが、ではでは、茶てのはなんなのか、それはもちろん「茶」を飲む行為であり、それが作法として気遣われた行為なんですよね。日本語で言うところの「もて成す」てな所でしょうか。でもこれだとデザインに近いというだけで、デザインじゃない。どちらかというと、「茶の世界」は「こうあったら良い」とか「こうしておく事で綺麗」とか、そういう視点じゃないですか、ていうか作法がそれにあたるような気がしていて、デザインの場合は「こうあったらどうかな」「こうだと良いのではないか?」という連続なんですよね。つまり変動しまくってる。作法が成立しなくなってくる。そこがどうやら違うみたいなんです。日本の仕事の形骸というのは、この作法的な所に順次ているところがあるような気がしていて、とくに、大阪なんかはそれを強く感じるのだけど、どうなんでしょうか。東京はもうちょい、そういう意味で作法的な部分は緩いのかなあ。でもでも、全国的にその風潮にあるのは間違いが無いように思います。決まり事、政(まつりごと)、そして作法。これは夢見るデザインにとってあるまじき行為だし、変動を抜いてしまうとデザインではなく、別のもの。過去だけ背負った「作法」そのものになっちゃうんですよね。過去を踏まえて、夢を見るという事、未来ではなく。それが、印刷に対してのグラフィックデザインとして書きたい事なんだけれども、とくに今回は印刷に夢をみた場合のデザインについて書きたいなと思います(やっと本題)。最近になって流行り始めてる、正しい入稿の在り方てのも、果たしてデザインの役目かどうかも分かりませんが、それはつまり「作法」として状態を指している訳で、デザインという行動を否定する動きのように感じるのです。それはだってほら現実の話しだから、印刷なんです。今、デザインで話さなければならないのは「夢」の部分だと思います。話しは戻って、例えば、オフセットの単色の黒で刷るという技術があって、それをデザインする訳でしょう?それを使って夢を見て印刷する訳でしょう?ここで重要なのは、一定の技術でどれだけの夢を喋る事が出来るかなんです。既に技術がたくさんある中で、その技術の在り方や種類、方法論にキラキラさせるのは印刷の話しであって、ボク達デザイナーのすべき事は、既存の使い古された技術をいかに新しいものにするか、デザインはその為にこそあるのではないかと考えています。しかもそれを過去に依存する形でです。なんたって、それがデザインてなもんだし、その過去が、やっぱり、ちょっぴり新しくなった時にデザインしたって言えるんじゃないでしょうか。新しい技術の為に実証する事は単なるサイエンティストであって、デザイナーじゃねーぜ。それを全力で証明したのが、パターン装飾( http://www.fengfeeldesign.org/print_and_pattern/ )だったのです。もう少しつづきます。
2012.03.22 Thursday | 2012月3月 | 15:35 | comments(0) | trackbacks(0) |



くるくる万華鏡 on チップボール feat. PRINTERS'FLOWERS "fuji"での新しい配布方法について その3

可能性の1つを垣間みる事。それが今回の目的です。ボクは個人です。会社でもなんでもない。営業の為にでも、それが経済を助長するかどうかでも、そんなのはどうでも良いのです。何故、こんなにグラフィックデザインは面白くなくなったのでしょうか。とくに日本の今の状況はマズいと思います。組織で動く事がパブリックで、個人で動く際の不利益性は認識されない現在において、このような活動というのは、どれだけの存在と意味を持つのでしょうか。どうせ、オイラなんぞは公式には動けないんです。でもさー、少しくらい抵抗したいというか、ここはインターンの学生は来ないだろうけど、紙とか印刷とか、作るのが好きな人は来るようになりました。なんか知らんが集まってくる。別に群れて何かしたい訳でもなく、そもそも、1人居たいというのが本音だしなあ。ただ、これだけは言えて、良い子ちゃんで、一方通行なんて面白い訳ない。少し世界から道を外していたとしても、それが出来る世界がちゃんと準備されていないと、話しにならんのではないのかな。制度じゃない方法。もしくは良い子ちゃんでも、大人に反抗する瞬間があって、多分、今はそれが凄く下手な状態という感じ。なんというか、対象とする程の大人さえ居ないがね。世の中には、どうしようもないくらい悪い奴ってのが居て、じっと出来なくてずっとソワソワしてるような奴。とにかく鼻について生意気なクソガキ。しかも素直じゃないっていうw今は努力じゃ成立しない事になってる。1つ、成立するとすれば素直で実直に進んできた奴ら。純粋で素直で汚れてない感じ。なんか綺麗過ぎて気色が悪い勢いだぜ。この今回の配布の提案というのは、ちょいと悪い事したい。大人を困らせたい。と、いつも悶々としている人達にとっては、恐らく、打ってつけだと思うのです。僕は既に成立を失った人です。デザイナーとしては、もうやってけない。事務所を持ったりとかも出来ないだろうし、作品が書籍に載るような事も無いでしょう。大きな仕事が来るとも思えない。かと言って、誰かにデザイナーとして雇われる事も難しいでしょう。最後の抵抗ってやつです。自分の証明したかった事を1つくらいは、やり遂げたいと思っちゃった訳です。それが今回のこの配布になります。
2012.03.20 Tuesday | 2012月3月 | 22:56 | comments(0) | trackbacks(0) |



くるくる万華鏡 on チップボール feat. PRINTERS'FLOWERS "fuji"での新しい配布方法について その2

蒲公英の綿毛みたいなものです。何処知らず咲いて人々の脳裏に焼き付いているあれです。正直なところ、仕事では実現出来ないものばかりを作っているし配布をしています。でもね、デザインって芸術の成れの果てだと思うのです。だとすれば、お金のかかるものです。デザインはお金が掛からなくても出来るように思索されたもの。つまり芸術とは逆算ですね。最上級が貴族がやったような芸術のシーンだとして、それに甘んじて考えられたのがデザイン。今回、一連の配布というのは、印刷そのものの役目や動機を成就した結果に過ぎません。何故なら、それが印刷にとって本望だからです。重要なのは、お金を掛けるのはユーザーである場合に、最高の結果を得られないという事です。何時だって、どの時代でも、最高に素晴らしいものは、作る側がお金を掛けた場合なんです。だから、これは無料であるべきだし、受け取った人は、ただひたすらに喜ぶべきなんだと思います。もっと観たいと思いませんか?この素晴らしい印刷群を!この素晴らしい加工の数々を!ならば、一番お金を得なければいけないのは、デザイナーでも搾取する企業でもありません。それは、職人であり印刷所であり、紙屋でありそれに付随する材料を司る人や組織だと考えています。この活動は、ボク一人の力ではどうにもならない局面まできました。是非に手伝って欲しいのです。だからこその今回のベクトルを上げた(もしくは変えた)提案なのです。この流れを消さない為に、コスモテックさんに箔押しを頼んで欲しいのです。精光堂文房具店に印刷をお願いして欲しいのです。素晴らしい紙の維持の為に積極的に使って欲しいのです。印刷はお金の掛かるもの。だからこそ、みんなの協力が必要な時にきています。だって、金持ちは頭が悪いから出してくんないんだもん、それを増やす事しか脳がない訳でしょう?んなの無視だよ無視。気付いた奴らでやるしかない。どうかよろしく!

2012.03.05 Monday | 2012月3月 | 17:48 | comments(0) | trackbacks(0) |



インクを使った紙加工について(すなわち印刷について) その17

絵を描く作家の中には、その支持体が印刷に向いた人達が居ます。デジタルの世代に入って、アウトプットの限定は、その現象に拍車を掛けていると思います。漫画的な絵柄にしても、結局は安価に印刷しやすいが為の境地だし、それを考えれば、印刷そのものを絵材や支持体に置き換えた方がしっくりくると言うか、姿勢を決める事が出来るんじゃないかな。人は何時の頃からか、絵には不思議な思い込みや思い入れ、感情を抱くようになっています。広告という限定になりつつあるグラフィックデザインにおいては、どうしても、そこから抜け出させてくれない楔みたいなのが打ち付けられていて、ああ!もう!ってなる。いいし、そんなの。日本のグラフィックデザインにとっての失敗は、その元となる基点が失われている事です。そもそも夢見るデザインが、フワフワしているものを充てにしていたら、ほれ、今の状況という具合です。東京オリンピック以降なんも変わってないじゃないか…。中年さんのデザイナーよ、若人にデザインを嘆く前に、自分の足下をホント見て欲しい。今の状況を作ったのはテメーらなんだよ!と自分にとっての下の世代にどう見られているかを自戒の念を持ってお伝えしておきます。やっぱマズいんじゃないかなあ。なんなんだよ、昨今の薄っぺらい印刷どうなんよ。そもそも、日本人の気質でもあるけどさ、もうちょっとやりようがあったんじゃないかな。巨大になる前に、やる事があったろうに…。まがまがしいまでの広告代理店がその動きを維持しようとする中で、そりゃ皆がお金を増やしたいし、効果的だったってんで、発展したのがつまり、日本のグラフィックデザインだと思います。ADCにしかりグラフィックデザイナー協会にしかり、会員さまさまだなあって感じた。ある意味での労働組合であり、理念そのものは、発展や寄与するものだろうけど、その実は仕事の囲い込みでしょ??1つの法則に基づいた仕事の在り方を維持しようとした形。つまり、産業革命以降に芸術が衰退しデザイン(お金の得方)が開発されたような動きに近い。ならば、彼らのやってる事ってのは、もうグラフィックデザインじゃない訳です。そもそも日本において、グラフィックデザインが実現したなんて聞いた事もないですけどね。「バウハウスと茶の湯」からの引用なんだけど、バウハウスに通った著者は、こう書いてる。デザインは「茶の世界」そのものって…。何がマズかったのかは分からんけれど、日本人はこういう方向に傾く傾向にあって、美学なのかなあ…。違うからね、デザインは作る事を自由にする為のお金を手に入れる方法論の1つなんだからさ。何やら、だから日本はデザインされたものを作品なんて呼んじゃうけれど、そうじゃねーからw何故、こんなに日本のグラフィックデザインは下衆になってしまったのか。お金について考えていないからです。このせいで、作る事に制限が発生している。だからだと思います。でね、その上で、今回やった、春夏秋冬のパターン装飾とは一体なんだったのか。それと絡ませて夢見るデザインについてを、ちょっと間が空きましたが書きたいと思います。お時間ありましたら、是非に読んでやってください。
2012.03.05 Monday | 2012月3月 | 14:37 | comments(0) | trackbacks(0) |



スマートコネクトサービスについて その1

この度、スマートコネクトサービスのリリースを宣言いたします。このサービスは、名称こそは「SCS」と名を付けておりますが、巷にあるような「SNS」とは違い、とくに何か技術的に素晴らしいシステムを作り上げた訳でも、テクノロジーやアルゴリズムを構築した訳ではありません。自動的に登録したり、ましてや大勢の方が参加出来るものではありません。これは「ホームページ制作サービス」です。そうなのです。単なる「ホームページ制作サービス」です。1つずつサイトを作る、あの「ホームページ制作サービス」になります。ただ、ひたすら純粋にホームページの事を考えて作り上げた、ただ、整理整頓されたサイトを提供するスマートコネクトサービス。賢く繋げるサービスです。

■概要
スマートコネクトサービスによるホームページ制作とその利用は、音楽などのトラックリストを思い浮かべると非常に簡単に辿り着く事が出来ます。例えば、坂本龍一の最近聴いてる音楽のトラックリストがあるとすれば、それは喉から手が出る程欲しいですし、坂本龍一のトラックリストに入っているというだけで、その対象は存分の価値が上がる事になります。その道の事を知りたければ、その道に長けた人間の話しを聞くのが手っ取り早いのです。けれど、その話しは誰もが聞けるものではありません。WEBは無料が基本です。WEB上で金銭的なやり取りが無いまでも、既存のインフラを利用した経済効果が望めるのがこの方法になります。重要な事は、既にウェイトが変わりつつある事です。WEBは既に情報に溢れている。コンテンツを作らなくても紹介をすれば事足りる状態だと言えます。スマートコネクトサービスとは質の良い情報の搾取にこそあります。既に濃厚に活動をされている方ならお気づきでしょう。WEBは手間ばかりですが、この方法だと手間が一切かかりません。今までに活動をされてきた方にとって、まさに打ってつけの方法と言えるのです。

■特徴と使用例
まずは使用例をごらんください。
fengfeeldesign http://www.fengfeeldesign.org/
miwakazuki http://www.miwakazuki.jp/
この2つは、このサービスの要でもあるコネクトサイトにあたります。情報を繋ぐ事、しかもそれは時間を古くしません。トラックリストですから常にリアルタイムなのです。情報が古くなったとしても、それはその人にとっての最新なのです。また、上記の例のように構造を簡単にしておけば、更新は簡単に終わります。あなたの思うがまま、過去に作ったコンテンツ、ブログの記事、参加したイベント、SNSの情報にアクセスするきっかけを与える事が出来ます。しかも全てが最新の情報です。

■構成と拡張性
花形装飾活字 http://printersflowers.fengfeeldesign.org/
neo vintage http://www.miwakazuki.jp/neo_vintage/
既存のシステムや、今までのコンテンツを作る発想でのサイトとリンクする事で、情報の拡張性や可能性が無限に広がります。私たちはこれをコンセプトサイトと呼んでいます。今までのWEBによるナビゲーションシステムは、コネクトサイトとコンセプトサイトとを2つを同時に思索したものでしたが、これはバラバラに、まるで自由に繋げる事の出来るピースにように構築出来るために、よりダイナミックなWEB表現を可能にしたサイトを制作が期待出来ます。もちろんそれは上記の例のように、既存のブログやSNSを使用したものでも同じ事が言えます。システムは同じでも少し新しく使う事で、より便利に、より効果的に使える事がお分かりいただけましたでしょうか。

■ターゲットと実現可能域について
このサービスは元々、クリエイティブに関わる全ての人達の為に考えました。作っている人達が作っているものを賢く見せる事は非常に重要な事です。しかも作っている点数や情報の多い人達にはもってこいの方法だと言えます。また、技術が繋がっていない現状において、個人プレーが非常に目立っている印象を昨今は非常に見受けるのです。デザイナーがまず、自分たちの身の回りの質を高める事を怠っているように感じます。とにかく、バラバラである事に危機感を感じ、このサービスの立ち上げを決心した次第です。スゲーやつがスゲー事にリンクしていく仕組み作りのきっかけにと考えております。なのでターゲットとしては、「技術」がある、腕に覚えがある人が非常に使いやすいようになっています。もしくは著名人や、名前が知れた方などは、自分の事を紹介せずに他の凄い若人を紹介する感じで使うのもいいかもしれません。とにかく、いいものあるんだけど、WEBを使ってウマク紹介出来ない人は試してみるといいと思います。

■サービスにおけるfengfeeldesignの立ち位置について
このSCSはロイヤルティフリーとします。ドンドン真似して仕事にしてしまってください。この形の質の高いサイトが増えたらかなり面白い事になるんで。そして単純に方法論を是非楽しんでいただけると幸いです。
マジ、この方法を使ったら絶対にWEBが面白い事になるぜ。でも、もちろんわからなければ  <give_me_work@fengfeeldesign.org>までご連絡いただけたらば、ご相談もしくはご依頼に応じます。なんというかWEBデザインの新しい仕事の在り方としても提案したいですし、より自由にHTMLを使って作る為でもあると思います。今の形だと限界があるし、そろそろ違う形をWEBは求めているのではないでしょうか。

■クリエイティブに関わる全ての人へ
なによりも、あなた達に使って欲しいのです。ホームページ持つんなら、ブログやギャラリー作る前に検討してみてはいかがでしょうか。誰かが基点になって、でもいいだろうし、繋がる中心軸さえ作ってしまえば、網の目のように集合体になれるので。それは別に烏合の衆なんだろうけど、1人1人がバラバラで動いて技術がガタガタになるなら、集まって濃いスープを作る事をした方がいいと思います。そこから見えてくるものがホント多いです。
2012.03.04 Sunday | 2012月3月 | 17:36 | comments(0) | trackbacks(0) |