miwakazuki product project の行く末と可能性について

http://product.miwakazuki.jp/

このたび、fengfeeldesignが活動のフォローをしている三輪一樹の、今まで作ってきたプロダクトの1つの方向性が定まりまして、新しい局面と実験的活動の模索として、製品としての可能性を捨てて、それらが利用される事に着目し、1つ1つを作品の域までに高める事で作られた作品が利用される事を目指す事になりました。「作る」事を売るのではなく、「作品」を売るのでもなく、何を価値とするかという点において、「所有物」をあらゆるシーンに貸し出す事によって、その行為そのものを価値とする事になりました。金銭面については、これから反応を見極めつつ詰めていく事になるかと思いますが、出来れば価値そのものをこちら側で設定するのではなくって、相互の規模や人間関係を含めた距離のようなものを基準として交渉、契約とさせていただければと思う所存です。三輪一樹の作るプロダクトは、基本的に初動がゼロにあらず、元がある完成品をカスタマイズし、新たな可能性を模索する行為にこそ肝があります。という事は、ある意味生産でもあるんですよね。これを使ってみたい!というシーンへのマッチが価値でもあり、ここではそれを生産しているという具合です。もしよろしければ、このギター、このプラモデル、デジカメetc.........使ってみませんか?個人的に愛でるでもいいし、作品の一部に登場させて面白いかもしれません。メディアや出版、広告にも柔軟に対応していければと考えております。必要とあれば、指定のアイテムでの制作も可能かと思います。興味のある方は是非、ご依頼、お問い合わせください。ある意味、三輪一樹プロダクトprojectのリスタートになるかと思います。もしくは、やっとスタートラインに立つ事が出来ました!この活動においては、今後、作品は増加し、恐らく一定の評価がされていく事になると思います。どうぞご期待ください。
2010.10.14 Thursday | 2010年10月 | 13:22 | comments(0) | trackbacks(0) |



20101012 log






























2010.10.12 Tuesday | 2010年10月 | 11:21 | comments(0) | trackbacks(0) |



「もの作る」という事と「もの売る」という事について

最近、営業というものを生業としている、しかも叩き上げというか自力でなんとかやってきた、いわゆる本気の営業の人達と接する機会があって、凄く面白い事に気付かせてもらっています。それが面白いというよりも、作るという事と売るという事の違いというのが、はっきりした明確なものが得られたような気がします。今まで意識はしていましたが、やはり今回ほどはボンヤリしていた部分が多くあった訳です。ただ、それと同時に「売る」という視点だけでやる危うさと欠点も見え隠れしている事にも気付く事が出来たんだよね。ボク達、作る側との接点というものの持ち方一つでここまで変わるのかと驚かされる反面、その行動の限界と、結局は作られたものに依存するしかないっていうwそして何よりも、彼らには作れないという強みを、作る側が持っているんだよね。もちろん、逆もしかりというやつだけどね。1つ、明確なった事。「売る」という事を念頭に置いて作った時に一気に面白さが、サーッと引いていくような気がしました。彼らは凄く限定的に物事を着地させる事で、売るという可能性を広げているような気がしたし、なによりも、発想力に乏しい。なんというか、両刀は無理だなというのが直感でもあったし、その中間でもダメなんだろうなとも感じたんだよね。両者は相まみれないけど、圧倒的に今は「売る」側に分がある。このバランスが少しでもこっち側、作る側に意識として来ないと、「売れない」んだろうなと思いました。単純に、売るという発想で作るのか、作ったものを売っていくかで、出来上がるものが違ってくるという事なんだよ。めちゃんこ言われたのが、「タダ」はダメって事。そりゃ彼らにしてみればそうだし、こちとらも食料必要だし、そうなんだけど、こっちサイドは、その全てが全否定ではないんだよね。無償でするという事の価値を知っているかどうかが、作る上での重要なポイントになってくる。だって、デザイナーならデザインが簡単に出来て当たり前だしね、むしろそれしか出来ないという人たちも大勢いると思うんだよね。お金が発生すると、そこで終わる。全てが無くなるという感覚がある。無償だと繋がっていくという感覚がある。この感覚は、なによりも、自分達が「作れる」という強みだし、実は底なんてないんだよね。要素と意欲さえあればいくらでも作れるっていうwその視点でいうと「売る」という行為は圧倒的に限定的だなと思った次第です。そりゃ無償じゃダメだって話だよね、それしか、そのコンテンツしか無いんだから。でも、凄く勉強になった事もあって、限定的であるが故に、1つのものを多角的な可能性として、しかも、自分が作ったものじゃないから、いろんな可能性を、作った本人よりも見出せるという事。多分、これが「売る」という事なんだよなと凄く教えられた気がします。今会ってる人たちは儲けようとしている額が大きすぎて、少し暴力的な気がするけど、いわばこの行動と言うのはデザインに凄く近いような気がしていて、ただ、「作る」という要素を一切取り除いたデザインなんだよね。それは作れないという事の強みでもあるし、欠点なんだろうなあ。それでもやっぱり今までにないヒントが多いので、盗むだけ盗んでやろうと思います。これは今後の活動に役に立ちそうです。それは今回の結果の有無に関わらずです。ボクがやってるのは申し訳ないが、これが本命じゃないんだよね。でも、もちろん、結果も出れば面白いよね。いや、タイミング的にも本当に良い機会を与えてもらってるような気がします。いわゆる本当に対等にいる人たちを観察出来るとかって貴重でしかないし、彼らが何を考えて、どういう感覚で「売る」事が出来ているか、それを知るにはベストな状況なのかもね。鵜呑みにはしないけど。
2010.10.08 Friday | 2010年10月 | 08:38 | comments(0) | trackbacks(0) |