写真についてわかった事

コップを持ってそれを飲もうとしているのが撮れたのと、 コップを持ってそれを飲もうとしているのを撮るのとでは違うという事です。 凄く違うんですね。 今日凄くそれがわかりました。 とどのつまり、 写真と絵画の2面で見た時に、 絵に捧ぐパワーそのものは、 写真という動作にはなんら関係のないという事なのです。 その風景を描くのと、 その風景を撮るのとでは、 その平面上の作品性を問う場合に、 描くという動作であり、 撮るという事ではないのです。 撮るという一連の動作の内、 被写体という概念は、 定点観測で撮った幾枚かの写真に写っている人、モノと、 なんら変わりはないものだと思うのです。 むしろ、 作品というある一定の意図を用いて行う作業は、 どんなに偶然を装っていたとしても、 それは一定の意図の元の事であり、 その偶然性は無いに等しいものです。 しかし、 その作品故の不可思議な偶然性の発生は、 それが現代アートの素であると考えた上で、 その中で写真という作品性を問い詰めた場合に、 明らかに今までのキャンバスや立体に描くような芸術性の拠り所を 写真に託すのはあまりにも負担が大きいと思うのです。 それでいて、 何故にそこまである1枚の写真に釘付けになるという現象が起こるのか、 それがずっとわからなかった。 そして今日それが少しわかった。 そういう1日でした。
2008.03.12 Wednesday | 2008年3月 | 10:07 | comments(0) | trackbacks(0) |