「紙と印刷というものについて、そしてデザインへの眼差し。」

http://printpubnews.tumblr.com

グラフィックデザインの歴史は、けっして長いものではありません。例えば、バウハウスでの美術労働教育の始まりをデザインとするなら、1919年、が始まりという事になります。印刷は1445年に、ヨハネス・グーテンベルクが活版印刷を開発した、とされています。まず、この400年以上にものぼるブランクをどう埋めればいいのでありましょうか。日本においては、ウイリアム・ギャンブルによって明朝体が齎されたタイミングを印刷元年とするなら、1869年(本木昌造が招致したのが)となります。果たして、このような、たかだか100年を少し越えたぐらいの短い時間の中で、日本人がグラフィックデザインで印刷を語る事は可能でしょうか。

原初としてのグラフィックデザイン的なものは恐らく日本にもあったでしょう。しかし、印刷と呼ばれグラフィックデザインとされたように、命名されたものは無かったのではないでしょうか。バウハウスが生まれたのが、ドイツである理由は、製造業が盛んな事が大きな要因にある事は容易に想像が出来ます。その上での陸続きの多様化された文化としてのヨーロッパが、今日に至るデザインを形成しているのだと考えています。それでは私達は日本で何を作っているのでしょうか。デザイナーと呼ばれている人達は何を従えて制作に勤しんでいるのでしょうか。もし、紙が誕生した2000年以上前から始まる、これらに纏わる製造の歴史の中で、グラフィックデザインというものを見据えるのであれば、果たして、私達はどれほどのものを携えながらグラフィックデザインというものに接しているでしょうか。

今、日本において、印刷という技術に最も精通していて、影響力の大きい第三者の存在は「グラフィックデザイナー」です。しかし、現在、そうであるはずのグラフィックデザイナーにも1つの問題が浮上しています。それは、印刷を知らない事です。印刷を司るポジションに居るはずのグラフィックデザイナーが印刷について不勉強な状況が発生し始めたのです。これは、推測ではありますが、想像していたよりも、印刷の現場にデザイナーという存在が関わっていなかった事を示唆しており、マッキントッシュやアドビに関連するDTPの環境がグローバル化した時に、海外と日本の状況に最初に述べた圧倒的な時間を含めた様々な誤差が生じたのでは、と想像しています。

その中で、同時に近年、印刷の技術を補完する動きが活発になってきました。しかもそれは、ほとんどの場合が「グラフィックデザイナー」を対象としているものであり、「グラフィックデザイナー」自身がそれを必要としている現実が其処にあります。「デザイン」とは何か、なんて事を問うような無粋な真似はしませんが、今、印刷というものにどう関わっているのか、というものを、デザイナーに限らず示す事は今日において非常に重要であると考えています。紙と印刷という組み合わせを、どのように扱っているのか、その善き例を知っているのは、「グラフィックデザイナー」に限らないという決定的な証拠と、同時に、より印刷をウマク使っているのが「グラフィックデザイナー」である、という実証を得られた事は、今回の展示での大きな成果であったように思います。

本展では、かつてあった「ウィーン分離派」の動きに似た様相を、今回、出品したメンバーから感じており、「グラフィックデザイン」というものを様式化した場合に、それから脱却した制作や、それを謳歌している制作など、様々な結果を得る事が出来ました。これらを意識して制作しているという事は、少なからず思想や様式的な何かとして、かつての「グラフィックデザイン」をある距離感を置いて見ているものであるのと同時に、印刷に対して、どのような眼差しで見ているか、という点において、全体的な総評として、しっかりと「技術」に依存する形で落とし込んでいる事は、日本においての「グラフィックデザイン」が、まさに生まれようとしているのでは、という大きな期待と、今までの「グラフィックデザイン」としていたものに対する、一種の決別のようなものがあるように感じました。もしくは、本展が紙や印刷に対する、なんらかの歴史的な意味を持つ事になるのであれば、この動きが、これから続くであろうデザイン史の1つとして、刻まれる事を強く願っています。

fengfeeldesign 阪口哲清









PRINTPUBは、印刷の世界を公開するシーンの1つとしてスタートをいたしました。活動期間も2年が過ぎまして、その間にはfengfeeldesignの周辺を主体とした印刷加工を公開して参りました。また、会員を募り、その人数も30人を越えまして、そろそろ会員の皆さんと絡み乍ら制作&パブ(公開)が出来ればという考えにいたり、今回、ペーパーボイス展覧会「PRINTPUB01」を開催する運びとなりました。昨今、印刷技術の補完の動きが活発化してきました。この動きというのは、かつてのウィーン分離派ように、様式に捉われない制作を目指した時に生じた、技術の抽出作業に非常に似ているような気がしております。今回の展覧会では「デザイン」という様式を主体に置かず、「印刷加工の公開」とする事で、デザイナーによるデザイン主体の展覧会ではなく、「印刷加工」に纏わる技術や知恵や恩恵を主体とした展覧会に仕立てております。本展では実際に印刷物を自由に手に取っていただき、それらを流布、もしくは無料配布する事で、同時により多くの方に印刷物との関わり(印刷所、デザイナー、作家、営業…etc、全ての)について考える機会になればと思います。

開催場所:
平和紙業株式会社 ペーパーボイス大阪 〒542-0081 大阪市中央区南船場2-3-23
http://www.heiwapaper.co.jp

期間:
2014年3月17日(月)〜3月27日(木)/時間:9時00分〜17時00分
※土曜日、日曜日、21日は開催しておりません。
※最終日の27日(木)は14時00分で終了いたします。

出品者:
小玉文/小熊千佳子/野田久美子/特撮ギター研究所/若井真/西田優子/町田宗弘/竹田正典/勝田麻子/長田年伸/Mujika Easel/松本瑠美子/丸山晶崇/宮崎菜通子/O-PUB/黒子

PRINT PUB 01 展示印刷物仕様目録のpdf版はこちら
http://www.fengfeeldesign.org/print_pub/printpub01_itemlist.pdf
2014.03.05 Wednesday | - | 17:51 | comments(0) | trackbacks(0) |



2013年を振り返って

いやはや、毎年書いてますし、今年もなんか書こうかなーって思って、キーボードをカタカタしています。今年なんかあったかなー、って巡らせていたら、そうか、kado the 108って今年だったんでした。という事はtakeda108も今年だったのでした。なんだろ、かなり昔の出来事の印象だったので、ちょっとビックリですよね。本にもたくさん載ったし、いろんな初めましてがあったし、変わるもの、変わらないもの、技術の有様、考え方、本当に様々な見聞が広まった年でありました。まあ、貧乏で、彼女も居ない、単なる引き蘢りのデブって事だけは相変わらずなので、どれか1つくらいは解消したいなーと来年を見ています。なんだろーな、なんかこー、成長したって感覚よりも、今まで準備してきた事が、今年でようやく善い感じに落とし込めれるアウトラインみたいなものを見る事が出来た年だったのかもしれませぬ。ようやく機能する展開を作れそうなのかもなー。そんなもんだから、まあ、オイラに関わっておいたら、面白い現象を目の当たりに出来るのは確かだし、それを大手振って公に言ってしまっても善き状況である事は、なかなかに頑張ったんじゃないでしょうか。もちろん、これから会っていく人達の中には、つまんない人も居るだろうし、それに気付いてない人も居るかもしれない。そういう人達の為に面白いってのは、こういう事なんだよー、ってのを来年は見せ続けたいなと思います。という事で、毎年恒例の31日になんか1つ爆弾落としていくやつやりまーす。えーと、下のやつやりまーす。ちょいと春頃に大阪で悪い事やりまーす。地味に最初に話しが出てから、一悶着、二悶着ありつつ、揉めに揉めまして2年をじっくり掛けて仕立てて参りましたよ。スケジュールなどの詳細は後日お伝えしますが、やっとこさ、やるよーって言っていいくらいのラインまで来れたので、今年はこれを告知して締めたいと思います。ではでは、皆さん善いお年を。

2013.12.31 Tuesday | - | 14:44 | comments(0) | trackbacks(0) |



fengfeeldesignから見た、takeda108について

fengfeeldesignが生まれて、今年でちょうど15年になります。15年前、高校2年生の時に、このfengfeeldesignという思想を持つに至りました。当時の宣言として、今、書くのはどうも恥ずかしながらではありますが…「fengとは、中国語で風を意味する音の言葉です。風は目に見えないものでありますが、肌で感じ、しっかりとその存在を感じる事が出来ます。その風は遠く何処から吹いたものであるとか、暴力的だったり、優しかったり。ふと、柳を見ると揺れるのが見えます。それを感じ、デザインする事をfengfeeldesignとし、ここにこの技法を定めたいと思います。」ぎゃああああ、ようこんなん書いたなあ、と当時のメモのように置いていたノート広げてみると恥ずかしくなりますが、あの時、思った事や考えていた事は、今でも着実に根を張り、1つずつではありますが、実現に向けて歩みを続けています。最初は1人でした。長い間、1人の状態が続いた、という表現が正しいと思います。誰1人、この言葉に耳を貸さず、理解を寄せてくれる人は居ませんでした。fengfeeldesignとは「発端」を目論んだ、その在り方を探るデザイン技法なのですが、とくに、長く時間を費やしたテーマは「お金(資本)」と「コミュニケーション」についてです。試行錯誤を続けて行く中で、ある時、1つの答えに行き着きました。それは同時に生涯をかけて辿り着きたい到着点みたいなものでした。それは、資本を介さないコミュニケーションの確立です。「発端」そのものは、デザインで探る事が出来ます。ただし、一般的に知られている方法は、「資本」を基にした「コミュニケーション」によるものであり、それは同時に、デザインという立ち振る舞いに際し、多大なる制限のようなものを与えるに相違なかったのです。この考え方に至ったのは、僕が「資本」の無い方々とデザインを通して、仕事を含めて共にする事をが多かった事によります。逆を言えば、「資本」のある仕事にありつけるのは本当に稀だったというだけの事なのですが…。今、というよりも、15年前から感じていた事なのですが、もはや発端としての「資本」で「コミュニケーション」を発生させるなどは、少し難しくなっているように思うのです。とくに最近、僕が仕事で積極的にやっている事は、「デザイン」を「資本」とせず、その先に「コミュニケーション」を持たない、独自の思想を持ったデザインの在り方を提案する事です。現時点でデザインは、当事者ではない第三者が発端から参加出来る唯一の思想です。しかも在り方によっては、あたかも当事者のように振る舞い出来事を進める事が出来ます。その機会とチャンスには、まだまだ、大きな可能性と含みを残しています。が、ただ、今なお、それを職能とするのは、もはや難しく、「デザイン」ではお金の発生は難しいのです。ビジネスモデルの1つとしては、長く続いた方だと思いますが、デザインという思想が生まれて100年が経とうとしていますし、そしてこの時間の流れはデザインというものの思想の古さを示唆しています。また、日本にとって、グラフィックデザインとは、8割がたが広報や広告のものであるという認識から、「デザイン」=「コミュニケーション」という説明のされ方をしているのを、しばしば見受けられます。果たしてこれは正しいのでしょうか。たしかに、印刷のグラフィックデザイン、という表現の場合に、グラフィックデザインは印刷を司る翻訳者のようなものである事には間違いはないと考えております。ただ、その枠を超えて、発端と対話する事を「デザイン」とすべきでしょうか。僕は、そこまで、デザインに対して買い被っていないのです。そして、その1つの答えとして、この「takeda108」の制作があったように感じています。純粋技術があるとするならば、その純度を上げるのであれば、純粋デザインの純度も上げなければ、その出来上がりに支障を来します。デザインという思想において、「コミュニケーション」を題材にする事は、拡大解釈に他ならないのだと感じております。では、デザインとは何か、それは皆さんが考えておられる(そう願っております)ように「美術、芸術における資本としての在り方」以外に他ならないのではないでしょうか。印刷におけるグラフィックデザインが積極的にコミュニケーションしなければならないのは印刷という純粋技術なのであって、職能としてのコミュニケーションを該当とすべきか、という点において、いささかなる疑問を感じずにはいられないのです。その中でfengfeeldesignのやっている事というのは、とくに純粋なるグラフィックデザインについて考えていくというものです。決して職能としてではありません。其処を間違わずに見て欲しいと思っています。其処にあるのは、単にグラフィックデザインである事、それが、fengfeeldesignにとっての到達点であり、在り方なのです。では、今回の「takeda108」は、どうであったでしょうか。この発端は200年くらい前に遡ります。活版印刷という歴史の中で、花形装飾活字というものが生まれます。それから200年くらい後に、fengfeeldesignの阪口という若造が、ああ、これスゲーなあって思って、その若造の持つ技術や、当時のテクノロジーに合わせた在り方みたいなのを探ります。最初は、「PRINTERS'FLOWERS from エンスヘデ活字鋳造所」でした。その流れの中で生まれたのが、「kado the 108」です。これは活版印刷のシステムだけをもぎ取った、オフセット印刷にとって美しいデータを探って制作したものでした。そして、プリントパブなんてものがあって、其処には会員が居ます。今は20人くらい。1人1人が制作や印刷加工に対して、なんとも、ほら、変な趣向を持った人が名を列ねてて、その中でも、若い竹田くんにスポットがあたります。そんな竹田くんのグラフィックデザイン、そう、ここで、初めてデザインという言葉が出ます。デザインとは何か。分かりますか?そして、最強の箔押し加工をしてくれる、コスモテックの青木さんに、その「グラフィックデザイン」を委ねます(グラフィックデザインはここまでなんだよね、分かる?)。でで、出来上がった、最強の加工物を、木材と会話する変態な三輪くんがフィニッシュを手掛けました。どこがグラフィックデザインだったか分かりますか?しかも今回は、歴史という発端を利用する事で、技術としてのグラフィックデザインを抽出する事にも成功しています。あ、みんなプリパブのメンバーす。こんな素晴らしい制作の実現において資本の話しする?無料とかにこだわる?んな事ないじゃん。なんかもう、ただ、それが凄かったんだってば、だって、fengfeeldesignはずっと1人だった。今回の出来事は最高だったぜ。青木さん、竹田くん、三輪くん、そして阪口。1人1人が最高の技を惜しみなく出したぜ。こんなのさ、これから先、何度もあると思う??それを是非味わって欲しいです。てか感動以外にいらないんじゃないかな。だからこそ美しい。あ、文体変わっちゃった、ゴホゴホ。「kado the 108」をフリーで、しかも著作権無しでお配りしているのは、それをもっと大勢の皆さんで共有して欲しいからです。そして、僕達がやったように、印刷にまで行動に移して欲しいです。そしたら、この感動はあなたのものだと思いますし、何よりも、印刷の文化が高まる。何故なら「kado the 108」は歴史を賛美したものだからです。決して、誰かが著作権を主張していいものではありません。そして、これが、fengfeeldesignがお贈りする「デザイン」ってやつです。この全て、この一連の在り方が、「デザイン」です。つまり、資本を介さないコミュニケーションの確立。その先で、誰かがお金を得ればいいのです。その為になら、喜んで僕は犠牲の1つにでもなろーじゃないかってね、それが今回のfengfeeldesignから申し上げる事の出来る全容です。そして、この行動は、これからも継続します。だから、その為にも、今までに無い資本の1つでも発生させてやります。だから心配無用なのです。是非、全てを受け取ってやってください。この奇跡を、「takeda108」は手に入れた方が絶対いい、最初で最後だから。唯一無二、最強でした。
2013.02.22 Friday | 2013年2月 | 12:16 | comments(0) | trackbacks(0) |



生粋の印刷物フリークさんに色々聞いてみました。


http://www.fengfeeldesign.org/print_pub/

■印刷加工物に興味を持たれたきっかけは?
中尾さん「きっかけは、だいぶ遡ってしまうのですが、子供の頃(6歳とか7歳とか??)にディズニーランドか何かでかってもらったおもちゃの紙袋です。その紙袋の模様も配色にツボってしまいました。。なので、ビジュアルから入ったタイプですwww白の少し薄めの紙で、パルプのいい匂いがしてましたね。オレンジと水色と青でシンデレラ城とミッキーマウス、風船が印刷されてて、若干版ズレしてた気が、、
それから、家を出る18歳までは包装紙や、お菓子の包み紙、新聞写真の切り抜き、教科書の変な写真の切り抜きやら、レシートやら大人になってからは、街中のDM、チラシ、服のタグ、剥がれかけたシール、レストランの紙コースター、海外旅行先でみつけた広告、チラシ、フリーペーパーなどなど集めてます。旦那には捨てて。頼むから。といわれだいぶ処分してしまったものもあるんですけどね。。」

阪口「ディズニーランドー!(行った事ない…。パルブをいい匂いて感じる6歳はなかなかに変態ですねw(もちろん褒め言葉です。そういえば、子供の頃に親が、一時期流行った万博系のイベントが大好きで、付いて行かされてたんだけど、どうしようもない、なんでこうなったのか、なパンフとかの頒布モノを謎のように愛でてたのを思い出しましたw僕は、小学校で止めてましたけど、中尾さん18歳…全部見てみたいす!いいないいなあ。」


■今までに見た所謂、紙モノで、これが最高にキターーーー!!ていうのはありますか?

中尾さん「沢山あって恐縮なのですが、、、ランキングはできませんので、あしからず。※写真添付してます
上から時計回りに
1:印刷会社さんからいただいた今年の年賀状です。紙はわりと普通なのですが、注目すべきは中央の折加工です。蛇のウロコなのですが、これどうやったのか、今度聞いてみます
2:中目黒にあったアート雑貨の「杜若」というお店の袋で、裏に特色のシルバーで印刷されてて、かなり薄い紙なのですが、一瞬それに透かしいれてんのかと見間違えました。技あり! 3:キリスト教の牧師さんが配っていたチラシです。いわゆる安価な紙のチラシで、このエキセントリックなグラフィック!好きです。
4:ggg「銀座グラフィックギャラリー」で開催したM/Mの展覧会チラシです。かなりリッチな箔押しで、顔が映る位の銀!コストとか関係なしにやりたいことやってる感じが素敵です。
5:ちょっとわかりにくくて恐縮なのですが、ファッションブランドのCELINEの商品説明カード。白に小さくロゴがエンボスされてるのですが、エンボスの深さが好みです。(点字触ってる感触)
6:こちらは、サンタマリアノヴェッラという世界最古(800年!)の薬局がだしているアルメニア紙です。いわゆる「香り紙」です。紙がいい匂いするなんて、ロマンティックです。
7:お隣は今年いただいた年賀状です。アラベールっぽい紙に、黒の箔押しがしてあります。エナメルっぽい質感がでてて、オサレですね。
8:最後はチラシです。後ろが透けるくらいの紙で、昔の紙のいい匂いがします。」

阪口「ぬおお!すげえ。とくに3が気になるwもはやフォースとか飛び出しそうな世界観(笑。あと、8とかいいよね、昔はかなりスタンダードだったけど、今はこういうのは見なくなりましたもんね。なんかもう厳選したと思うんですが、選にもれたのもホント全部見たい…。今度、そういう展覧会やりましょーよ!」


■印刷や、それに纏わる加工をどのような眼差しで見ていますか?

中尾さん「職人技ですよね。本当にすごいと思います。以前ファッション誌の編集をしていた関係で、印刷工場までいって、写真の色味の調節の現場に立ち会ったことがあって、、大きな機械と無骨な男たちがCMYKの微妙な調節で私たちの頭にある色を再現してくれました。なので、印刷会社や製本会社の皆さん尊敬してます。。
なんで紙が好きなのか、、、自分でも深く考えたことがなかったのですが、やっぱり「紙」というひとつのフォーマットにインクや箔、エンボス、折、デザインが合わさったときのケミストリーで生まれたものの形としての美しさと、「触感」があるものだからなんだと思います。」

阪口「てか、編集の方だったんですね!(そこかいw。いやはや、まったく同じくです。この、よく分からない機械から、なんだか分からないけど、紙に色が付いたり…(以下同文)。しかも、腕がいい所であればある程、それは何故か、機械にただひたすら造詣が深く詳しい方達なんですよね。デザイナーやクリエイターの我侭な注文に懐深く答えていただけるていう。そこには感謝しかなくて、ホントに尊敬します。なんというか、ただ、使うだけじゃないもの。見えているものの共有みたいなものも、プリパブでは考えていきたいと思ってまして、中尾さんのその姿勢に僕は尊敬の念を感じます。」

■zineへの認識ついて

中尾さん「多分ですけど、、10年前位(私も20代前半でしたww)にスケーターカルチャー(ライアンマッギンレーとかハーモニーコリン)とか一部エッジーなカルチャーが好きな人の中で話題になりましたよね。ZINEてすごくパーソナルなことを、荒削りな状態で発信してて、だからこそ自由でクールなものも生まれやすいんだと思います。クールの定義はそれぞれですが、生まれやすいといったのは、子供の落書きをホチキスでとめたものでも、伝えたいことやものがあればそれはZINEだと思います。なので、クオリティという視点では語りにくい。10年たって、そんな表現が定着して少し裾野が広がったんだと思います。ムーブメントというよりは、ZINEという表現が定着してきた。なんか私も昔はそうだったんですが、売れる前のアーティストが売れちゃった時のがっかり感みたいな空気ってあると思うんですが、クリエイティブなものがマスな方向に進むのは、その作品の広がり=クリエイター個人の広がりという視点で考えると純粋に嬉しいことだと思うんですが、どうなんでしょう?
私はクリエイターではないからこそ、クリエイターを心から尊敬するし、そのリスペクトを人に広めたり、作品を買ったりして返したいと思っています。なので、今のこのZINEを取り巻く空気はいいことだと思っています。

阪口「プリパブ内、プリパブ外、あらゆる所で、最近、ZINEの話しをしたり聞いたります(僕がしているていうのもあるけれど。とくに日本のデザイナーの人達は、自分達を高めて来た衒いみたいなのがあると思うのですが、今の20代に対して、40代くらいのデザイナーは口を揃えて「気負いが無い」と言うのです。僕も、実はそれを感じています。この「気負い」って高めてきたものを維持する行為でもあって、同時に技術の継承でもあるのだと感じていて、その流れを軽視する訳ではありませんが、ZINEは、そういう意味で、とてもアウトローなものなのかなと思います。技術への信託を根ざすだけだったものに、別の選択を与えたというか、それらの側だった人達だけの出版という行為が、例えば「熱量」という名の元に「気負い」を無くした出版という説明が、今は当てはまるのかなと考えています。まさにZINEって日本のクリエイター向けなように感じていて、それこそ、出版という概念の延長(作るではなく)なのだとすれば、中尾さんのような立ち位置の方が、そういうスタンスで動く事に凄く意味があるというか、何かこう力強さみたいなものを感じます。めちゃんこ注目してます。プリパブとしても、そこらへん追っていきたいです。」

■日本のグラフィックデザインまたはクリエイティブの現状について

阪口「最後に。皆さん稼げてない。のがずっと続いていて、とくに30代のデザイナー、クリエイターが悶々としていると、
話しによく聞きます。僕個人としては、単に人数増えちゃって仕事の量が減った(特別感も同時に)だけだとも思ってまして、
この点に関して、どのように見て感じているかお聞きしたいです」

中尾さん「本当にそうですよね。もう新しいものやカッコイイものが溢れてて、見る側の目も変に肥えてるし、本当のプロと素人がやった仕事の差ってわかる人にしかわからなくなってますよね。私たちをとりまく環境が特にこの10年で激変して、大きくはアプリケーション、ネットワーク、そして不況、、、などなど需要と供給のバランスが完全に崩れてしまった。
実は私の夫がフリーランスのデザイナーなので、よ〜〜くわかります。でも、悲観してませんww なぜなら「稼げてない。」のレベル感にもよるのですが、私たちにとってお金を稼ぐ、ということの意味が変わってきたから。何のためのデザインで、誰を幸せにできるの?ということの方がより意味があると思っているので、誰しもに認められるより、毎月暮らせる位のお金を得るために、好きな人のために自分の好きなものを作って暮らせればよいかなと思っているから。誰でもカンタンに自分を発信できる環境を逆手にとるという方法もあると思います。ただ、それにしてもデータ化されたコンテンツの価値が低いのが問題なんですよね。そこはアフターインターネット世代の私たちがみんながハッピーになれる形を作っていかないといけないのかなと思っています。私がいまやっている”ReClip”( http://www.reclip.com )も本当の目的はそこだったりします。」

阪口「ですよねえ、印刷という一点で見ると、その気になれば誰でも「実現」出来るようになったてのもあると思ってて、プロの仕事が減っちゃって、印刷屋の苦肉の策の結果とも言えるんだけども、パンドラの箱を開けた感はありますよねえ。「デザインのひきだし」しかり。でもまあ、まさにここら辺、中尾さんと考え方が近くてですね、価値の移行が起こっただけだと感じています。若いデザイナー、クリエイター、作家、アーティストなどなどを見てると、別に悲観とかしてなくて、今の40代、50代がメインに捉えていた、所謂ところの「世界」を、単に飯食う糧でしかなくしてしまっているというか、別の箇所で、自分達の「世界」をしっかり作ろうとしていて、それを楽しもうとしている流れは実際起こってますよね。コミケ、コミティア、デザフェスなどの、各種イベントの盛況ぶりも、そこらへんをかなり示唆しているというか、かなりの大勢の人達の面白み方にかなり変化が起こっているし加速していると感じています。”ReClip”( http://www.reclip.com ) も、そういう意味で、純粋に楽しむ場所として凄く可能性があるように思います。ZINEでプリパブ絡ませろー!とw訴えつつ、是非、なんか一緒出来たらいいすね!(やっぱそのオチ…」

2013.01.15 Tuesday | 2013年1月 | 13:12 | comments(1) | trackbacks(0) |



帰ってきたGENSEKISOUND


2000年。暑くなり始めの日であったと記憶しています。山下くんが音楽を作れるんだよね発言をしたのは。そして僕はグラフィックデザインを始めたんだよって言った。それが19歳の時。それから半年後の年の暮れにGENSEKISOUNDの一作目を公開しました。10代最後の制作、として20代の始まりの公開。僕らは、あの時に何を、どのように、思いを込めて作っていただんだろうか。それを思い出すにはあまりにも時が経ってしまったし、今も、その最中の自分としては、どうにも過去のものに出来ていないというのもあって、何故か、机の奥深くに片付けてしまっていました。何故か去年の暮れに、ふと思い出して、酔っぱらった勢いで引っ張り出してみたら、デジタルデータというものは残酷なもので、あの当時のまま、まったく色あせる事なく登場を果たした訳です。なんとも下手だ。ヘタクソで恥ずかしいんだけど、何かこう、なんだろ、時間経過があるから、ある程度、美化されるかなというのがあったのに、まさかまさか、リアルタイムに思考が動き始めてしまったではないか。そう思って、それこそ10年ぶりくらいに山下くんに連絡して、何故か「まだ作ってる?」って聞いたんだよね。その時にそういえば、GENSEKISOUNDが終わる時。30くらいになったら、もう一回、再開してもいいんでないかい?ていうのも脳裏によぎって、ついつい「やろうぜー」って伝えてしまったのだ。そして何故か、「今はもう音楽は作ってないけど、オッケーだぜー」って、返事をくれたのであった。新しい再開は多分、匿名でfengfeeldesignとは関係なく、どこかで発表という事になるのだろうけど、その前に、それまでの物をどうしても出しておく必要があるような気がしたのです。GENSEKISOUNDは一旦、終わりましたが、次の新しいGENSEKISOUNDを再開する為に、その禊として。また、どこかで見たり聞いたりした時には応援してやってくださいね。その時は、もちろんGENSEKISOUNDの名前でやっておりまするゆえ。そして、若いクリエイターの何か助けになれればという事で、音源は全て著作権フリーにしておりまするゆえ、自由にお使いください。これも、「著作権フリーにしようと思ってるんだけどー」って言ったら、「いいよー、エンターテイメント重視でいこうよ。」と、ふたつ返事をしてくれた山下くんも変わってないなー、と思いつつ。このフリーダウンロードも今の時代に合わせたGENSEKISOUNDの最高のエンターテイメントとしての提示として、楽しんでいただければ幸いです。

2013年1月14日 
2013.01.14 Monday | 2013年1月 | 21:44 | comments(0) | trackbacks(0) |



2012年を振り返って、そして2013年へ。

なんというか、毎年やってるんで恒例という事で、こういう事を書いていきたいと思います。どうでしたかねえ。なんかいっぱいあって、どれをどう、どのようにして書けば、まとめればいいのか分かんないんだけども、今年も、めちゃんこ、青木さんにお世話になっちゃったな&会えたのホントに嬉しかったです。匠とのツーショット撮らしてもらっちったし、野口さんにも再会出来たし、相変わらず唯一無二の天才ぶりを発揮してるし、でもまあ、それ考えたら東京に行ったのが今年の出来事の1番になるかなあと思いきや、いい感じで三輪くんの活動も地に着いてきたからなあ。なんだかんだで、neovintageって今年だったりするし、あ、そうだ、辰巳さんと、色々出来たのも嬉しかった。小熊さん、ちょー美人だったし。もし、今年どうだった?て聞かれたらば、そりゃもう、「人に会った」になるんだろうなあ。例年になく、初めまして、久しぶり、どうもどうも、と、たくさんの人に会った年だったように思います。そうそう、嬉しい事もたくさんありました。毎年、その年にお世話になった人に、年の瀬に、お礼をするようにしてるのだけど、今までは、凄く少ない人達に、ささやかな贈り物をしていたのだけど、今年は、あまりにも、たくさんの人にお世話になってしまって、懐が足んない!ってなりまして、年賀状は出さない主義だから、どうしようかなあと思っていました所、ちょーど、制作していたものがありまして、それを、お歳暮andお年賀的な感じで差し上げようと思い立ってしまいました。名付けて、「kado the 108( http://printersflowers.fengfeeldesign.org/?eid=807296 )」です!(じゃジャーン!)。今日は大晦日だし、除夜の鐘的な感じで108種類な所に、角を飾るという縁起を加えて、このデータをどうぞ、貰ってやってください。本当に、今年、お世話になりました。来年もどうぞ、また、相手してやってください。書きたい事は他にもいっぱいあったんだけど、別にいいや、伝えたい事は伝えたと思うしね。てな訳で良いお年をー。
2012.12.31 Monday | 2012年12月 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) |



東京を知った その9

全ての標準が東京なんだなと思いました。スタンダートフロムトーキョーみたいな感じで。東京に対しての感想が「哀れみ」だったのは、間違いではないと思うし、可哀相だなあと思い乍ら、これからもモノ作りをしていくような気がします。ここ、大阪に居て、凄く凄く感じる事は、デザイナーという人種というのがあって、大阪の彼らは、確実にお高く止まってるという事。これは本当に感じます。ただ、今回新たに感じた事があって、彼らは、単に、スタンダートフロムトーキョーに合わせているだけで、別にお高く止まろうとしてる訳ではないのです。東京からやってきたイベントや催しや在り方がダサく感じるのは、そういう所にあるのだと思いました。最近、とくに、その風潮が強いと思います。そうする事が次元の違う、新たな活動(俗に言うコミュニティデザイン的な)として機能しようとしています。なんだろな、日本全体を東京的な匂いにしようとする感覚です。んなの無理に決まってるじゃん。そういうのは正直言うと、やたらめんどくせーのです。アートブックフェアにしても、あれは東京でやるから面白いのであって、大阪や神戸でやったら、急に冷めちゃうんだよね。アートイベントも、どうにもこうにも、盛り上がってないですし、現象としては、西田辺にはマズイラーメン屋しか来ない法則的に近いのかもしれません。勝負をかけるのに、西田辺に出店はありえないですしね。どう考えたって、東京に出した方が、本当に勝負が出来ます。スゲーやつがいっぱいなのは間違いないだろうし、分かってくれる人もたくさん居るんだろうなあ、羨ましいなあと、指加えて眺めながらも、その眼差しは「哀れみ」であり、そうある事は、fengfeeldesignにとっては「ノー」なのです。それは、東京に居れば、自ずとその感情は強まると思うし、そのような面持ちで活動などは難しいと考えております。それは、東京でなくても、少しでもそのような匂いがしたのであれば、fengfeeldesignとしては参加という形を取らないでしょうしね。むしろ悪態で向える事になるような気さえします。大阪という距離感で濃度が丁度良いとも言えるし、その大阪でさえも、参加が出来ていないのが現状です。そもそも、fengfeeldesignはカルチャーに参加出来てないのが基盤にある訳で、その状況というのは、東京に近づけば近づく程に色濃くなるものだと思います。カルチャーそのものは東京にありながらも、其処に居る人達に、fengfeeldesignのクリエイティブが目に入る事や影響する事を根ざしながらも、違うものでありたいと強く思います。それは、大阪でも同じ事が言えるのですが、孤立ではない、近くに歩いているくらいの距離感を保ちながら、東京というものに立ち向かいたい所存です。東京と言うものが巨大で、あまりにも大きい存在だからこそ、それと対立する第三勢力くらいになんないと面白くないですしね。そして、ずっと説明してきました、fengfeeldesignが東京に関係する可能性とは、その東京カルチャーが目的ではない行動が、東京の人間に見られる事です。つまり、「なにやってんだオメー?」が東京とfengfeeldesignとの丁度良い距離なのです。同時に、その方が東京カルチャーに圧倒的に影響を与えるのだと考えています。それこそがfengfeeldesignなのだと、今回の東京行脚で、より強く明確に感じましたし、東京には主役級の人達がたくさん居るからこそ、fengfeeldesignがわざわざ其処へ行って、主役にならなくとも、最高の結果が出る。ならば、その主役級の人達に影響を与える事によって、立ち位置を、より強固にそして不動に出来るのではないかと、今は、その青写真を東京以前よりも強く思い描けるようになったように思います。

最後に。ええと、9回続きましたが、いかがでしたでしょうか(読んだ人いるのかな…)今回、この「東京を知った」を書こうと思ったのは、あまりにも、いろんなものを東京で吸収してしまい、その整理が追っ付かない心の動きと合わせて、文章を書く事で、自分自身にもそうですし、そうじゃない、読んでいただけた方に、fengfeeldesignの考え方をお伝え出来るチャンスのように思ったからです。fengfeeldesignは揺るがないデザイン技法ではあるのですが、だからこそ、それがちゃんと機能しているか、今後このままで良いのかどうか、東京へ確かめに行く必要がありました。結果としては、東京への「哀れみ」と「ノー」という拒絶で、その行脚を終えてしまいましたが、ただ、それは、東京内においての行動であって、fengfeeldesignが機能する距離がある事が判明いたしました。その距離感の会得こそが、今回の一番、大きな収穫であったと言えると思います。そして、これはあくまで、fengfeeldesign視点での話しで東京の街を見た主観であって、全てに当てはまる訳ではないのですが、東京には、東京人と言われる、東京生まれで東京育ちの人間が少ないと聞き及んでおります。今回、書いた内容というのは、そういう、別の場所から、東京に入り、その場所で活動しつつ、悩んでいる人や、謳歌している人に、なんらかの影響を与えるとともに、もしかしたら、そこに生きずく地元民の方には、んな事ない!と言われる内容になっていれば、儲け物かなと感じております。東京という実態のとある視点として、読んでいただけたら幸いなのですが、ただ、この文章は、凄く未完(ホントにもし訳ない…)だなと感じつつも、このシリーズは、ここで、一旦、筆を置きたいと思います。また、よりディープに東京関わる事が出来たなら、その時に新たな内容を、追記として書きたいです。最後まで読んでいただき有り難うございました。
2012.11.25 Sunday | 2012月11月 | 01:53 | comments(0) | trackbacks(0) |



東京を知った その8

そもそも、こういう文章を書こうと思ったのは、東京式のデザインに対する失望でもあり、なんというか期待として、東京では正しきデザインが行われているであろうという妄想と幻想が、物の見事に裏切れたのですね。東京でメインストリームで動いているものは、いい意味で、色んな人や物を巻き込んで、形を成しているのだと思っていたし、なんというかなー、なんというか、これが東京かーみたいな(田舎もんか)、そういうガッカリ感全開で大阪に帰ってきたのであります。軌道修正をするつもりはさらさらないのですが、考えていた以上に、一極集中型になってて、東京よりも外に行けばいくほど、距離の時差が多くなるほどに、ドンドンと薄くなってるだけなんだなと感じたのです。大阪の場合でいうと、東京式の事を本気でやると、本気で滑った感がヤバいし(今回の大阪マラソンなど)、なんというか、まあ、しゃあねえか、付き合ってやるか、ぐらいの感じじゃないと、痛い目に合うのです。大阪には、東京式を本気でやってる幻想持ちの人達が居て、それ自体は否定には及ばないのですけど、その維持という意味では、スゲー難しいと思うのです。東京は人の変化のスピードと街の出来事の密度のヤバさの掛け算のおかげで維持されてるようなもんだと思うんだけど、大阪の場合は、その両方が無い、もしくは、ありえなくなる程に速度が遅いですから、自分でも気付かないうちに「古く」なってるんですね。たちが悪いのは、その事に気付かずに、自分達が最先端だと思い続けている事です。それが、今の大阪のデザイン事情なのですが、それなら、いっそ、東京行って打ちのめされたらいいんですよね。それを大阪でやるから、めんどくせー事になってる訳で、それってつまり、東京から離れて薄くなった所に、ちょこっと東京な感じで大阪をしてみましたよーって話しなのです。ったく。じゃあ、fengfeeldesignはどうなんすか!?て話しなんですが、まず、東京式では無いし、多分、東京では機能しないデザインの在り方だと考えていて、ただ、これはね、デザインに対しての考え方だと思うのです。デザインは、ほら、ヨーロッパから生まれたんだけど、大陸繋がって、しかも、その大陸にそれなりに力と文化を兼ね備えた国や民族が多々あって、その中で、ごっちゃごっちゃになろうとしている美術やテクノロジーに対して、対応したのがデザインだった訳で、それを考えれば、今の日本で行われているデザインの、まあ、なんともせまっちい事よ。なんつーか、文化1つをどうしよっか?ってなってる訳でしょ?実は何も統合されていないのだよね。つまり、デザインというものが機能していないか、もしくは、デザインが成されていないかのどちらかであると言えると思うのです。なんだろーなあ、問い詰めてったら、日本における文化とは、技術とは何かって話しになるんだろうけど、感覚として、メインストリームとされているものが1つしかない日本において、やっぱ東京なんだろーなあ、と感じたのと、無理して、大阪でメインストリームなるものを新たに作ろうとも思わない訳です。何故なら距離的に背を向けないと出来ないからです。それは同時にデザインをしないという事になる、それだけは避けたいのですね。でも、考えれば、戦国時代から江戸時代にかけても、日本には国がいっぱいあった訳で、戦争したり従わせたり、よくもまあ、こんな狭いとこでやってたなあという話しは、話しがボンヤリしちゃうので置いといて、とどのつまり、今の日本には、1つしかメインストリーム(もしくはカルチャー)しかない中で、fengfeeldesignは、大阪という場所で、東京という所に向けたデザインをやってるんだよね。それが、今回の東京行脚ではっきりしたのです。そうする事が、より、デザインだなと思いました。もちろん、地元向けのデザインもしていくけれど、明らかに、東京向けのデザインとは旗色が違う訳で、このWEBにしたって、大阪でやってる仕事なんて一切お見せしていないのです。その上で、東京では出来ない事をやる事で、より東京に民族間の多様性に繋がるような形で、デザインという摩擦を起こせる可能性は、充分にあるような気がしました。そろそろ、まとめに入ります。
2012.11.20 Tuesday | 2012月11月 | 21:08 | comments(0) | trackbacks(0) |



東京を知った その7

勝負をかけるだけの意味のある場所な気がします。分かる人が多いからこそ、質の高いコンテンツが成立する訳で、東京的な事をやった時の大阪でのダサさの象徴のようなものに近いように思います。大阪は東京を主体とした人達と、自分達が中心の人達、の2つに別れていて、後者がやはり圧倒的に多く、街で見かける浮き足立ったイベントの大体が前者の場合が多いように思います。fengfeeldesignは、その浮き足立つ感じを無くしたい一心で、今までの活動を行ってきました。つまり、結果的に東京という場所、人への対抗になっていたのです。その事に、実際に東京へ足を運ぶまで気付く事が出来ていませんでした。何か1つの流れの中で、自分達のコンテンツを走らせる事に夢中になっているように思いましたが、これは、なんというか、ジレンマのようにも感じました。東京でしっかり、腰を据えて作れるかどうかについて、かなり大きな疑問です。ていうか、そういうクリエイティブをした瞬間に、一瞬にして古くなっちゃうというか、一旦、古くなってしまうと、立ち戻れるかどうかについては、大きな疑問だけが残るのです。出てしまえるだけに、見て貰えるだけに、腰を据えるという意味の難しさだけが、印象として強くもあります。人の多さ、質の高さが逆に、その場所でクリエイティブする事の意味を考えさせられる結果にもなるし、出すか出さないかの葛藤の意味も少し分かるような気がしました。お金があれば、いけいけドンドンなのでしょうが、少なくなった今では、知恵やアイデンティティの共有こそが、活動の本質に取って変わったのだと思います。回転率が恐ろしく高い。そして質も高い。人も凄い。そんな場所で、主役にはならないfengfeeldesignは意味を成さないように感じましたし、同時に、どのようにすれば、東京に影響を与える存在になるのかを考えるきっかけにもなりました。それは、元々の在り方ではあるのですが、より、強固に、強く、グーでパンチ出来るようなやり方について、東京では無い場所で、東京という場所を使って、遊べる方法論の思考は、早急に行った方が、良いと感じました。ただ、それが一極集中型にしようという話しではなくて、東京の外で、腰を据えた、コアで濃い質の高いコンテンツを作り、そのコンテンツを東京に投げる事で、その機能は、より活かされるように感じたのです。東京の中で考えるとfengfeeldesignの機能は難しいし、fengfeeldesign的に見れば、否定的な言葉が並んでしまうのですが、外に居たとして、そこに関わる事は可能だし、むしろ、外に居た方が質の高いコンテンツを作れると感じています(fengfeeldesign的な方法ではという意味で)。
2012.11.14 Wednesday | 2012月11月 | 19:37 | comments(0) | trackbacks(0) |



東京を知った その6

大阪にあって、東京に無いもの。むしろ、東京にはありすぎるくらいあるのだけどね。でも、無いものがありました。東京は、全てが充実していて、恐らく、抜け目が無い程に、目が行き届いている事だと思います。人が、モノが、コンテンツが、場所が、こんなにも充実しているのに、何かが、無い。東京5日間の行脚は、それを探す旅であったように思います。むしろ、自然とそうなりました。大阪は、歩くのを始めて、15年程になります。趣味が散歩だし、遠方に出掛けても(と言っても関西圏ですが)、歩く事を主体に移動します。その街を知り、人の動きや振る舞いを見る事は、かなり刺激的だからです。1つ、東京に行って、説きたい疑問がありました。何故ゆえ、あんなに東京という所は、全てにおいて希薄なのかという点です(遠くに居ても分かるほどに。それは、もう、散々書いてきましたから、お分かりかと思いますが、足を運ぶ前から、大体分かっていました。でも、その根本については、あまり深く考える事はありませんでした。行けば分かるだろうと思ったからです。宿が、入谷という郊外にありつつ、近くの人も呑みにくるバーも併設していて、初日から既に現地の人と接する機会があったのですが、其処に1人90歳のおばあちゃんが居て、それもかなりのチャキチャキというやつで、この方と喋る事が出来たのが唯一の救いであったように感じています。その方は生まれも、育ちも東京。しかもずっと同じ場所に住んでて、という方で、凄くアクティブで素敵な方でした。これだけちょいと書かせて欲しいんですが、その時にした質問があります。「東京の方の民族性ってなんですか?」です。この問いに対して、まさかの面白い答えが返ってきました。「無いわね。」。続けて「だってもう、私達の歳でも純粋な東京の人って少ないもの。私のおじいさんの時代くらいならあったかもね。」。これです。知りたかった答えはこれなんです。初日で既に見つかるんかいなと、ですから、次の日から、それを確認する作業でした。1人の1方向の意見な訳ですし、古い街や中心から離れた街も含めて、果たして本当にそうなのかと、ずっとウロウロとしておりましたが、これがまた、見つからんのです。まさしくそれが、先ほどからずっと表現をしている「隙間」なんですが、街と人がセットで古くなると、かならず生じる事象のはずなんですが、それが無かったんですね。そういう所から、自然と民族性は滲み出て来るものなんですが、無かった。fengfeeldesignは、怨念や呪い(まじない)を基礎としてデザインをするので、無いと成立が難しいのです。
2012.11.10 Saturday | 2012月11月 | 07:32 | comments(0) | trackbacks(0) |