まず、考えたのは印刷に関する思考を印刷を介さずに行えるかという事です。個人でやってるしお金がいっぱいある訳じゃない。印刷という結果を残さずに、その思考が実現出来たなら、とにかく凄く前に進むと思いました。とにかくです。当時としてもお金が無かったし、その一旦をどうやって関われば良いのかという点で、プライベートプレス的な発想には至らずに、脳内的な遊びに至った事が、花形装飾活字の制作という経緯にあります。まあ、妄想ですね、こうやって印刷出来たらいいなあっていうwその連続が「花形装飾活字を愛でる」の動力源でもあったのです。そして最初に選んだのが「
PRINTERS'FLOWERS from エンスヘデ活字鋳造所」でした。それは前回にも書きましたので割愛しますが、これをアウトライン化し扱う事によって、というより、これをアウトライン化した時点では印刷には至りませんでした。何よりもお金が無かったからです。試したい事は山程ありましたが、別に印刷に対しては、というより、紙に何かが印字されるという現象においては、実験における虚しさのようなものというのは、散々に経験してきたというのもあったりで、現在においても、ボクが主導で印刷に至った事はありません。それは、印刷という行為を、より限定的に据えているからなんですが、まあ今はいっか、これは追々書いていきます。そのアウトライン化するという行為の中で、1つの気付きがありました。これはアラベスクという美術を原本にしたものであるなら、アラベスクという歴史的な価値を引いて、何か別のモチーフで花形装飾活字の実現は不可能なのか、というものでした。それを動植物ではなく、幾何学でもなく、より自由な発想で、花形装飾活字という袖を伸ばせるのではないかと考えたのです。それは先人達が活版への工夫として、花形装飾活字の延長として既に行っておりましたが、現在のテクノロジーと、なによりも、fengfeeldesignに寄り添う花形装飾活字を、一度、作っておきたいと考えたのです。それなら、お金もかかんないし、時間さえかけたら可能だと感じました。何を花形装飾活字するのか、という洗い出しも含めて、その行為に、解明への糸口があるように感じたのです。一度作ってみる。印刷という結果を介さずに作ってみる事で、それそのものの思考が高まり、同時に印刷への意識の増大になるのではと考えました。お金が無くても印刷に関われる何かが出来るぞ!とwそして生まれたのが「
PRINTERS'FLOWERS from IMAGEST」でした。当時、フォローしていたアクセサリー販売の為のアートワークでしたが、それは同時に格好の対象でもありました。それまでに多くのデッサンで形が生まれていましたが、その全てがモチーフが必要な何かであって、どこまでも自由なものには至りませんでした。それまでに鏤められたアイデアも数多くあり、その全てを1つに凝縮する行為にも失敗が生じていました。この、花形装飾活字で一番大きな事は、それは印刷という媒介を、とくに、活版という媒介を無視する事にありました。より自由な花形装飾活字とは一体何か。テクノロジーによって、自由に配置出来るという事はどういう事なのか。それを1つずつのパーツ、この場合は「活字」という事になるのでしょうか。を活版の伝承として制作し、それを自由に開放する。拡大、縮小、回転はもちろんの事、重ねたり、くっつけたり、本来、活版でやるととてつもなく時間のかかる事を瞬時に出来るという利点を最大限に生かした花形装飾活字の誕生でした。「形を自由に作る」という事、そして、フォローすべき対象の世界が構築出来るという事も含めた、花形装飾活字本来の役割についてだけを追求した結果でもあります。